近年、従業員の健康管理の一環として、いわば会社の顧問医である「産業医」の導入が進んでいます。国内の約85%は従業員数20人以下の「小規模事業所」なので、産業医を選任する義務はありません。それでも導入が進む理由には、やはり経営者1人で健康管理に取り組むのは難しいことや、産業医にかかる費用が意外と手頃であることが挙げられます。ここでは、小規模事業所が産業医を導入する際に知っておきたいポイントについて見ていきましょう。

産業医の導入は「健康診断+相談窓口」からスタート

小規模事業者にまず導入してほしいと考えているのは、健康診断プラス産業医のサポートです。そのときに大事なのは、相談窓口です。繰り返し説明しているように、何か心配事が起きたときに、従業員が直接相談できる窓口こそ重要です。心と身体の健康管理は相談することから始まります。それが産業医の役割です。健康診断と相談窓口の設置ができれば、そこから、身体の健康、心の健康の両方に対応できます。

 

(※画像はイメージです/PIXTA)
(※画像はイメージです/PIXTA)

 

 

多くの企業では、従業員が健康診断を受けても、本人に結果を渡して終わっています。せっかくの診断が活かされていません。仮に健康診断の結果で何も問題がなかったとしても、その状態を維持して生活習慣病のリスクを下げるには、食事や運動などに気を配らなければなりません。

 

人間ドック学会では健康診断の結果を6段階に分けています。

 

(A)異常なし

(B)軽度異常あるも日常生活に支障なし

(C)軽度異常あり生活習慣改善、又は経過観察を要す

(D1)要医療

(D2)要精密検査(D1、D2判定不能の時は〔D〕とする)

(E)現在治療中

 

私どもでは、(A)の人は健康増進群、(B)、(C)は疾病予防群にしています。(B)の人は正常より少し異常に近い人、(C)の人は異常ではあっても半年後あるいは1年後に再検査でよい人です。(D1)、(D2)、(E)の人は、疾病治療両立群です。

 

健康診断では、結果によってこの6段階に分類し、(B)、(C)の人に対して、集中的に健康教育を行います。(D1)(D2)(E)の人に関しては、企業側に働きかけて、再検査を受けてもらったり、治療が必要であれば、通院がしっかりできる環境を整えてもらいます。

 

診断結果に基づく「健康教育」で体調を維持・改善

また、治療と仕事を両立させるために会社がどんな注意をすればいいかも指導します。疾病治療両立群の人たちは、すでに病院にかかっていますから、本人への医師のアドバイスは病院で受けたほうがスムーズです。産業医の役割は企業への働きかけが中心になりますが、上記6段階のうち(B)、(C)の人たちはまだ、病院にかかっていませんから、本人に対する産業医の役割も大きくなります。(D1)(D2)(E)へ進まないように健康教育が重要になります。

 

社内での取り組みをサポートするのも産業医の役割だと考えています。若い従業員は(A)のケースが多いので、彼らをリーダーにして社内活動ができるのが理想だと考えています。以前は(A)だった人が(B)、(C)になった理由には仕事も関係があるはずです。それが何かを見極めて改善することで、いま(A)の人を(B)、(C)にならないようにする。さらに、いま(B)、(C)の人を(D1)(D2)(E)へ進まないようにするのです。

 

それを実現するには健康教育が重要なのです。従業員が自ら「健康診断を受けたほうがいい」と思えるようにすることが大事です。それには、やはり社長が本気になることも欠かせません。「社長が何かやり出した」ことが従業員に伝わり、トップ自ら健康診断を重視し、従業員の健康について真剣に考えている姿勢を見せることで社内は変わります。

 

健康教育は「病院いらず・薬いらず」になる近道

その意味で産業医の役割は、健康教育によって従業員自身が健康への取り組みを始めるきっかけをつくることだと考えています。健康診断を嫌がる人には、病院嫌いや薬嫌いの人が多いのですが、病院や薬を好きになる必要はありません。

 

病院嫌いであればこそ、しっかり健康診断を受けて通院しなくて済むようにする、そんな意識をもってもらうことが健康教育です。多くの人は、病気をコントロールすることは不可能だと思っていますが、多くの病気はコントロールができることを知ってほしいと考えています。

 

私どもがサポートしている企業の中に、健康診断のあと必ず保健師が従業員一人ひとりと面談するようにしているところもあります。そのような企業は毎年どんどん従業員一人ひとりの健康リテラシーが上がり、ますます健康になっていきます。

 

逆に健康診断を受けていない人は保健師面談の代わりに産業医が面談して、なぜ受けないのかを確かめます。そうした従業員の多くは「法律で決められているから行っているだけでしょ」とか「会社が責任逃れするためでしょ」などと言います。

 

企業で実施する健康診断は、業務に支障を出さないためではありますが、それは本人のためでもあります。じっくり説明して、それを理解してもらうしかありません。産業医が説明することで、社長に言われるよりも効果が大きいケースもあります。

いい産業医は「来社してくれる回数」が多い

ただ、産業医もさまざまです。実際に産業医を選ぶ際には、本当に従業員の健康に貢献してくれるかを見極める必要があります。ポイントの一つは、産業医には法律に定められた業務がありますから、その最低ラインをしっかり果たしてくれることです。

 

中には産業医として選任して報酬を支払っているのに、会社に一度も来たことがないという産業医もいます。産業医は従業員の健康管理が仕事ですから、会社を訪問して従業員の働いている様子を見るのは当たり前です。

 

にもかかわらず、訪問しないのはあり得ません。「訪問しなくても、しっかりやっている」ことをアピールするのが上手な産業医もいます。そんなことにごまかされてはいけません。従業員数が50人以上の事業所であれば毎月1回の訪問が基本ですが、小規模事業者であれば、そこまでは必要ありません。しかし、少なくとも年に2回は訪問してくれることが最低限必要だと考えます。

 

産業医を選ぶ際には、「年に何回、会社に来てくれるのですか?」と聞いてみるのもいいでしょう。そのときに、回数をぼかして答えるようであれば、要注意です。

 

また、契約前にもしっかり職場を見に来てくれるかどうかも大切です。従業員が働いている現場を見て、どんな健康リスクがあるかを確認しなければ、報酬の見積もりはできないはずです。現場を見ずに見積もりを出す産業医は信用できません。

 

最近はオンライン対応の産業医も増えています。オンラインならコストを抑えられますから、格安でサービスを提供しています。従業員の面談もオンラインで実施しています。しかし、通達上は産業医は年1回は職場巡視をする、つまりその事業所に足を運んでいなければならないとされています。そうした義務をしっかり果たしているのか、確認する必要があります。

 

産業医を活用する場合、最大20万円の助成金

小規模事業者が産業医を活用する場合の助成金もあります。「小規模事業場産業医活動助成金」で①産業医コース、②保健師コース、③直接健康相談環境整備コースの3つがあります。

 

「産業医コース」は、小規模事業者が産業医の要件を備えた医師と契約を結んで、実際に産業医の活動が行われた場合に実費が助成されます。助成金は最大20万円です。具体的な支給要件は次のとおりです。

 

●小規模事業場(常時50人未満の労働者を使用する事業場)であること。

●労働保険の適用事業場であること。

●2017年度以降、産業医の要件を備えた医師と職場巡視、健診異常所見者に関する意見聴取、保健指導等、産業医活動の全部又は一部を実施する契約を新たに締結していること。

●産業医が産業医活動の全部又は一部を実施していること。

●産業医活動を行う者は、自社の使用者・労働者以外の者であること。

 

 

富田 崇由

セイルズ産業医事務所

 

 

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※本連載は、富田崇由氏の著書『なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか

なぜ小規模事業者こそ産業医が必要なのか

富田 崇由

幻冬舎メディアコンサルティング

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