高値売却に成功した中小製造業M&Aの実例

今回も前回に引き続き、高値売却に成功した中小製造業M&Aの実例を見ていきます。売り手と買い手にはどんなメリットがもたらされたのでしょうか。

第三者から見た「自社の強み」とは・・・

松尾社長も今までにM&Aという言葉を何度か耳にしたことはあったのですが、他人事のような気がしていて詳しく調べるまでには至っていませんでした。今回のことをきっかけに検討する決意を固めて、私の事務所に来てもらうことになりました。

 

相談する前は、松尾社長の本心は半信半疑でした。事業は安定しているものの、従業員も高齢化してきているし、やれることは切削だけ。そんな中小製造業を欲しがる相手がいるとは思えなかったのです。

 

そこで、松尾工業の企業情報や概要、沿革、業績についていろいろと伺って、松尾工業の強みを調べることにしました。

 

まず、経営的に安定しているということは何よりの強みです。M&A後も急激に売上げが下がる可能性が少ないことから、リスクが低いと判断されます。さらに少量多品種生産は、今後の製造業のトレンドでもあり、それを支える熟練した技術者がいることも有利な点だと考えられました。

 

松尾社長としても切削業に特化して20年やってきたので技術面などにはそれなりの自負はあったようですが、第三者から見てどうかということを考える機会はなかったようで、実際に評価されると嬉しい半面、意外な気持ちがあったようです。

 

そして売れる可能性があるならやってみようと松尾社長は覚悟を決め、正式に案件化に進みます。買い手探しは縦、横、斜めで、製造工程がなるべく被らず、少量多品種のノウハウや熟練した技術者を活かせる相手を中心にして絞りました。

 

買い手ニーズから良さそうな会社を数社ピックアップし、何社かに声をかけたところ、ある機械装置製造業の会社が手をあげることになります。

 

そこは大手メーカー向けの製造ラインに組み込む製造装置や省力化装置のユニットを設計から完成品まで取り扱っている会社でした。年商は70億円で松尾工業より一回り大きい会社でした。一品物の製造装置や省力化装置が多く、自社内で一貫して製造することに力を入れていました。

中小製造業は技術を持った従業員が評価される

買い手側の社長に、なぜM&Aで松尾工業を購入しようと思ったかを訊ねると、一つは装置内に使用している心臓部に必要な特殊な金属部品を自社で加工調整することで内製化率を上げたいという理由でした。今までずっと外注していましたが、精密加工のため、繁忙期になると外注先が対応できなくなり、毎回納期変更と受注調整を余儀なくされ困っていたとのことです。

 

取引先に対して安定供給できる体制を整えることで、受注量を増やしていきたいという思いと、内製化率を上げることで原価削減し、コスト競争力をつけることを目指していました。そのため以前からM&Aで新たな製造工程の取り込みを検討していたようです。

 

もう一つの理由は、松尾工業に少人数とはいえ技術を持った従業員がいるということでした。買い手側の会社には従業員が80名いましたが、精密な金属切削加工には熟練技術が必要で、新しく工程を立ち上げても軌道に乗るまで数年はかかると考えていたからです。

 

品物や加工工程が異なり、完全な同業ではなかったこと、そして熟練した技術者を評価してくれたこと、この二つによって高い価値で売却できる可能性が高い相手でした。松尾社長としても好印象だったようです。

 

相乗効果がわかりやすかったことから、その後の交渉は順調に進み、基本合意書を締結します。譲渡額は1億3000万円、役員退職金は社長と副社長の2人に合計5000万円で合意し、見事にマッチングすることができました。

 

松尾社長にとって何よりもありがたかったのは、金額としての評価ではありません。従業員を、高齢にもかかわらず技術の伝道師としての活躍を期待して65歳まで雇用することを約束してくれたことです。この待遇については松尾社長も感動し、従業員のためにM&Aを選択して良かったと心から思いました。

 

M&A後には、旧松尾工業に若い人材を増やし、若い世代への技術の落とし込みに努めています。旧松尾工業としては若い人材が入ってきたことで、生産能力が上がり、仕事が増えました。譲受企業としても、自社でできる仕事が増えたことでスケジュールが滞ることなく進み、多くの仕事を受注してこなせるようになりました。

 

今後は旧松尾工業から受け取った技術を、譲受企業の製造装置や省力化装置に応用して、今よりも高度なものをつくることを考えているとのことでした。

 

【図表 実例1まとめ】

 

ASAKビジネスコンサルティング株式会社 代表取締役

1966年 愛知県生まれ。横浜国立大学経営学部卒業後、株式会社デンソーに入社。人事部門、事業企画部門を担当。また、在職中に税理士資格の取得にもチャレンジし取得。
2002年会計事務所を開業。2006年コンサルティング部門であるASAKビジネスコンサルティング株式会社及び資産管理・不動産部門であるASAK財産コンサルティング株式会社を設立、代表取締役に就任。会計業務のみならず人事、事業企画、事業計画、戦略立案、事業F/S、原価計算・人事制度の構築、システム導入などあらゆる経営課題に対応し、法人から個人のお客様に至るまで、さまざまなニーズにきめ細かいサービスを提供している。十数年間にわたるメーカー勤務時代に築いたノウハウ・人脈をフル活用し、特に製造業のコンサルティングに強みを持つ。

著者紹介

連載中小製造業の強みを生かして圧倒的高値で売却する方法

本連載は、2016年4月27日刊行の書籍『中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方

中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方

浅岡 和彦

幻冬舎メディアコンサルティング

自分が高齢になってもその技術や従業員を守っていきたい、自社の技術を信頼してくれる取引先に迷惑をかけたくない──これは中小製造業の社長に共通する願いでしょう。 しかし、社長の思いに反し、多くの会社がいま存続の危機…

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