近年、認知症になる高齢者の数が増えており、事前に相続対策をする必要性が高まっています。その解決方法の一つが「家族信託」で、この制度を活用することで柔軟な財産管理が可能になります。今回は、家族信託の基本的な2つの活用事例を紹介します。※本連載は、宮田浩志氏の著書『相続・認知症で困らない 家族信託まるわかり読本』(近代セールス社)より一部を抜粋・再編集したものです。

85歳地主…判断能力が低下する前に相続税対策をしたい

Q. 地主家系の加藤父郎(85歳)は、先祖代々の農地や貸地・貸家等の不動産を数多く所有しています。これまで相続税対策をしていないので、このまま父郎が亡くなると、少なくとも数億円単位の相続税が発生することが分かりました。

父郎の推定相続人は、長男子太郎、長女恵子、二女美子の3人で、それぞれ結婚して子供もいますが、家族・親族関係は円満です。長女恵子と二女美子は嫁いでいるので、先祖代々承継してきた土地・家屋については、将来的に不動産賃貸業を継ぐ長男家系が相続することに家族・親族の全員が納得しています。

今でも農作業をするくらい元気な父郎ですが、年齢を考え早急に相続税対策として、①遊休資産の有効活用、②相続税評価減の施策の実行、③将来の納税資金の確保、について計画・実行することになりました。

早速、生前贈与や不動産の買換え、農地の転用、貸地の買取り・売却、借入れによるマンション建設等の資産の有効活用・相続税評価減・キャッシュフロー改善に着手しましたが、計画がすべて実行できるまで数年以上の期間を想定しています。

このため、長期計画の途上で父郎の判断能力が低下し、計画が頓挫してしまうリスクを回避したいとの相談が子太郎からありました。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)

(※写真はイメージです/PIXTA)

 

<解決策>

加藤父郎は、長男子太郎との間で、父郎所有の不動産を信託財産とする信託契約公正証書を作成します。その内容は、受託者を長男子太郎、受益者を父郎自身とし、さらに子太郎が将来資産を散逸しないように、司法書士Mを信託監督人として、あらかじめ契約の中で設定しておきます。父郎が亡くなった時点で信託を終了させ、信託の残余財産の帰属先を長男子太郎と子太郎の子(父郎の孫)に指定します。

 

信託財産以外の金融資産等については、長女恵子と二女美子に相続させる旨の遺言公正証書を、信託契約公正証書と同じタイミングで作成しておくので、万が一、将来兄妹間で確執が生じても遺留分対策も万全です。

 

また、信託財産から長男子太郎に対しては毎月一定額の「信託報酬」を、司法書士Mに対しては「信託監督人報酬」を支出するように、信託契約の中で取り決めておきます。

 

【信託設計】
委託者:加藤父郎
受託者:加藤子太郎
受益者:加藤父郎
信託監督人:司法書士M
信託財産:保有不動産すべておよび一部の現金
信託期間:父郎が死亡するまで
残余財産の帰属先指定:子太郎・子太郎の子(財産ごとに指定)

 

<要点解説>

信託契約の締結により、信託財産となった不動産には、管理を任う者として「受託者加藤子太郎」の名前が登記簿に記載されます。しかし、自益信託(「委託者=受益者」)なので、贈与税・不動産取得税は発生しません。

 

信託契約の締結により、契約後長男子太郎による財産管理が開始し、子太郎は父郎に相談しながら相続税対策を進めることが可能です。父郎は、様々な施策の実行を子太郎に託し、面倒な手続きは関わらなくて済むので気が楽になります。

 

もし、父郎が認知症になったり、交通事故による後遺症などで判断能力が万全でなくなっても、信託目的に従って子太郎が信託財産を引き続き管理・運用する権限を託されているので、財産管理・相続対策に影響を受けずに実行可能です。

 

つまり、子太郎は、父郎の承諾や意思確認を要せずに、自己の責任と判断において、父郎が亡くなるギリギリまで相続税対策をすることができるのです。また、月額の信託報酬を設定することで、父郎の体調に関係なく定期的に父郎のお金を子太郎に渡すことが可能となります(原則として、年20万円を超える信託報酬には雑所得として所得税が課税される)。

 

父郎の死亡により信託が終了すると、各残余財産の帰属先が子太郎や子太郎の子になるので、実質的にその旨の遺言を作ったのと同じ効果が生じます。そして、効果的な相続税対策を実行したうえで、先祖代々の資産を長男家系が引き継ぐことができます。

 

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相続・認知症で困らない 家族信託まるわかり読本

相続・認知症で困らない 家族信託まるわかり読本

宮田 浩志

近代セールス社

家族信託は、不確定要素や争族リスクを最小限に抑え、お客様の資産承継の"想い"を実現する手段として活用できます。それには、家族信託を提案・組成する専門家は実務知識を、利用を検討する人は仕組みを十分理解しておく必要が…

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