83歳大家…認知症の妻に後見人なしで財産を遺したい
心臓の持病がある父郎は、自分が先に亡くなったときに、認知症を患う母子に全財産を渡したいと考えています。また、父郎亡き後は、子太郎が自宅に引っ越し、母子が在宅で過ごせる間は同居する予定です。
将来的には、子太郎が自宅部分を、花子がアパートを相続する方向で家族内での了解は取れていますが、母子がいったん相続した財産を子供2人に振り分ける旨の遺言を書けるかどうか、中度の認知症では微妙なところです。父郎が先に亡くなることを想定して、今からできることをしておきたいと考えています。
<解決策>
吉田父郎は、長男子太郎と父郎所有の自宅およびアパートならびに現預金の大半を信託財産とする信託契約公正証書を作成します。その内容は、受託者を子太郎、父郎存命中は父郎自身を当初受益者、父郎亡き後は第二受益者として妻母子を指定します。子太郎は、今後の父郎の老後の財産管理を担うとともに、父郎亡き後の母子の財産管理も担うことになります。
父郎と母子の死亡により信託契約は終了するように定めておき、信託の残余財産の帰属先については、自宅不動産を子太郎に、アパートを花子に指定します。また、残った信託金融資産については、子太郎が母子と同居して介護に主体的に関わること、また、将来において吉田家の墓守としての責任と負担を担うことなど考慮して、子太郎と花子の分配比率を7:3の割合で指定することにしました。
委託者:吉田父郎
受託者:吉田子太郎
受益者:①吉田父郎②吉田母子
信託財産:自宅・賃貸アパート・現金
信託期間:父郎および母子が死亡するまで
残余財産の帰属先指定:自宅は子太郎、賃貸アパートは花子金銭は子太郎と花子で7:3の割合
<要点解説>
父郎所有の財産をすべて妻母子に渡すことだけを考えれば、その旨の遺言書を父郎が作成すればよいですが、本事例は、そう単純ではありません。すでに中度の認知症を患っている母子が、多額の遺産をもらったとしても、自分で管理することができないため、場合によっては、成年後見制度を利用せざるを得なくなるかもしれません。
将来的に母子のために成年後見制度を利用することは、後見人となった家族(たとえば子太郎)に大きな負担となる可能性が高いです。
最低年1回は家庭裁判所に母子の年間の収支状況と財産目録等を報告しなければなりませんし、母子の資産規模が大きければ、子太郎の後見業務をチェックする「後見監督人」(主に司法書士や弁護士)が就任する可能性が高く、後見監督人には3~6ヵ月に一度のペースで財産管理状況の報告をしなければなりません。
また、後見監督人はボランティアではありませんので、報酬として毎年10数万円から20数万円程度を母子本人の財産から支払う必要があり、母子が長生きした場合は、その分の後見監督人報酬としての累積額が高額になります。さらに、もし父郎まで認知症等で判断能力が喪失してしまい、父郎・母子の2人とも成年後見制度を利用せざるを得なくなれば、家族にとっての事務的負担と経済的負担はとても大きなものになります。
そこで、子太郎を受託者として家族信託による財産管理を実行することで、父郎の生涯のサポートはもちろんのこと、中度認知症の母子に対して、父郎の存命中は受益者たる父郎の扶養家族として、父郎亡き後は受益者本人として、何かと負担のかかる成年後見制度は利用せずに母子の生涯も支える仕組みを作ることができます。
また、母子が今も元気であれば、将来父郎から相続する予定の財産を含めた遺言を作成することも可能ですが、母子の現在の状況では遺言を書くのが困難なため、「父郎→母子」の順で相続が発生したときには、長男子太郎と長女花子との遺産分割協議をしなければならなくなります。
そこで、将来の兄妹間での煩わしい遺産分割協議の手間を省くための備えとして、父郎が母子亡き後の財産の承継先を指定しておくことで、家族・親族にとって、円満円滑な資産承継が期待できます。
なお、同様の効果を「遺言信託」(遺言書の中で信託を設定すること)で対応することもできますが、父郎の老後の財産管理(認知症対策)については対応できないため、老後の財産管理の必要性も含め、契約による信託を選択しました。これにより、一つの「信託契約」で、父郎および母子の老後の財産管理(成年後見制度の代用)の機能と、父郎および母子の遺言の機能を持たせることができるという大きな効果が見込めます。
宮田浩志
宮田総合法務事務所代表
※本記事の事例に登場する名前はすべて仮名で、個人が特定されないよう内容に一部変更を加えております。
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