「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

与えなくてもいい睡眠薬を病院の都合で…

その妖怪が入院だ。しかも、入院して1週間もすると、歩けなくなっていた。

 

これにはびっくり、わが目を疑った。

 

大腿骨骨折で入院しているわけではないのに、なぜ? あんなにバタバタ歩いていた人が、1週間で、車いすに乗ってトイレに行く人になるとは。

 

食欲もないようで、やせてきた。「こんな、まずいもの食べられない」とのたまうので、牛肉を焼いてこっそり持って行っていたが、箸が進まない。テレビも見ずにずっとベッドにいるようだ。こんな腑抜けの妖怪は見たことがない。

 

どうしちゃったの? これでは廃人になってしまうではないか。治療の必要がないことがわかったので、退院させてもらう。黙っていたら、あのままずっと入院させれていたのかと思うと、ぞっとする。

 

「これから我が家も親の介護だね。葬式の準備もしておいた方がいいかもよ」

 

車いすで弱々しい姿で帰ってきた母を見た弟は言った。

 

「そうかもね」

 

とうとう、そのときが来たのかもしれない。妖怪も人間なのだ。家に戻ってきたのはいいが、別人だ。あれほど食い意地の張っていた人が、ごはんを食べたくないという。味がわからないという。

 

しかし、わたしもだてにひとり身をやってはいない。いろいろ勉強してきているので、原因は出されている薬だとピンときた。

 

驚いたことに、入院中からずっと睡眠薬が与えられているではないか。すぐにやめさせると、翌日から正気にもどった。与えなくてもよい薬を病院の都合で与える。これは日本の悪しき習慣だ。

 

入院している高齢者で、どれほどの人が、睡眠薬によりボケてしまっていることか。ここでほざいていても仕方がないことだが、介護施設や病院に入院すると、とたんにボケるのは、薬のせいだということに気づいてない家族は多い。飲む必要のない薬を出され、律儀に飲むからボケが進行する。医師にお任せは日本人の悪い癖だ。

 

余談になるが、母の友達にこのことを教えてあげると、彼女も睡眠薬を飲んでいることがわかり、すぐにやめさせた。すると、翌日から元気がでてきて、大変感謝された。

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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