与えなくてもいい睡眠薬を病院の都合で…
その妖怪が入院だ。しかも、入院して1週間もすると、歩けなくなっていた。
これにはびっくり、わが目を疑った。
大腿骨骨折で入院しているわけではないのに、なぜ? あんなにバタバタ歩いていた人が、1週間で、車いすに乗ってトイレに行く人になるとは。
食欲もないようで、やせてきた。「こんな、まずいもの食べられない」とのたまうので、牛肉を焼いてこっそり持って行っていたが、箸が進まない。テレビも見ずにずっとベッドにいるようだ。こんな腑抜けの妖怪は見たことがない。
どうしちゃったの? これでは廃人になってしまうではないか。治療の必要がないことがわかったので、退院させてもらう。黙っていたら、あのままずっと入院させれていたのかと思うと、ぞっとする。
「これから我が家も親の介護だね。葬式の準備もしておいた方がいいかもよ」
車いすで弱々しい姿で帰ってきた母を見た弟は言った。
「そうかもね」
とうとう、そのときが来たのかもしれない。妖怪も人間なのだ。家に戻ってきたのはいいが、別人だ。あれほど食い意地の張っていた人が、ごはんを食べたくないという。味がわからないという。
しかし、わたしもだてにひとり身をやってはいない。いろいろ勉強してきているので、原因は出されている薬だとピンときた。
驚いたことに、入院中からずっと睡眠薬が与えられているではないか。すぐにやめさせると、翌日から正気にもどった。与えなくてもよい薬を病院の都合で与える。これは日本の悪しき習慣だ。
入院している高齢者で、どれほどの人が、睡眠薬によりボケてしまっていることか。ここでほざいていても仕方がないことだが、介護施設や病院に入院すると、とたんにボケるのは、薬のせいだということに気づいてない家族は多い。飲む必要のない薬を出され、律儀に飲むからボケが進行する。医師にお任せは日本人の悪い癖だ。
余談になるが、母の友達にこのことを教えてあげると、彼女も睡眠薬を飲んでいることがわかり、すぐにやめさせた。すると、翌日から元気がでてきて、大変感謝された。