「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

「ずっと家にいたら頭がおかしくなる」と…

ひとり暮らしの高齢者は退院してからが大変だ

 

妖怪には娘と息子がいるので、緊急のときには助けを求められるが、ひとり暮らしの高齢者は、どうするのだろうか。

 

ひとりでは、血を出したとしても救急車も呼べないだろう。仮に呼べて、助かったとしても、退院してからが大変にちがいない。

 

病院にいるときは、ご飯も入浴も世話になれるが、家に帰ってきたら全部、自分でやらねばならない。

 

妖怪が退院のときに、同じく退院する80代ぐらいの男性がいた。彼は、看護師から退院後の書類の説明を受けていた。

 

「わかる? この書類は大事ですよ。ここに書くのよ。わかる?」

 

男性はうなずく。看護師はさらに聞く。

 

「今日、迎えの人はいるの? ひとりで帰るの?」

 

男性は弱々しくうなずく。ひとりで帰るようだ。わたしは、その男性に自分の将来の姿を重ねた。

 

うちの妖怪は運のいい人だ。出血により、頭の外に血を出したことで、大事には至らずに済んだのだ。

 

退院してから1カ月もすると、すっかりもとに戻り。

 

「ずっと、家にいたら頭がおかしくなるから」と、いつものようにおしゃれをして、電車に乗って、銀座久兵衛にお寿司を食べに出かけて行った。

 

 

 

 

松原 惇子
作家
NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク 代表理事

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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