「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

「60歳以上の人に部屋を貸さない」という現実

一瞬、頭が真っ白になった。なぜ? 20万も30万もする部屋を借りるならわかるが、9万円の部屋を借りるのになぜ、貸してもらえないのか。マンションを売却するので現金はある。それに多少の収入もある。本も70冊以上書いてきた実績もある。身元保証人もたてた。それなのになぜ? なぜ?

 

断られた理由は意外にもわたしの年齢だった。大家さんと月24万円だったが…「年金足りず」しては、若い会社員のお嬢さんに貸したかったようだ。そこで、わたしは、生まれてはじめて「60歳以上の人に部屋を貸さない」という日本社会の現実に直面したのだ。

 

高齢者に部屋を貸さない慣習に対して問題意識を持つわたしは、そのことに関して『老後ひとりぼっち』(SB新書)という本にまでしたというのに。自分がその当事者になるとは、夢にも思わなかったことだ。

 

年齢で断られたことが、わたしを完全に打ちのめした。本人の了解なく「高齢者」の枠に入れられ、社会からはじかれた気がした。日本は、こうして高齢者を弱者にしていくのか。これは基本的人権の問題ではないか。

 

わたしが頭にきていると、売却してくれた不動産屋の人から、「次を探すのは落ち着いてからにすればどうですか。実家も近いし、一時的に住まわせてもらえばいいじゃないですか」と提案された。

 

「きっとお母さんも、喜ぶと思いますよ。いくら元気がよくても、年だからね。心細いはずですよ」

 

「…う〜ん、そうかな」と疑問も感じたが、行き場がなかったので間借りをすることにしたというわけである。

 

母と一緒に暮らすのは、子供のころを除いてほとんどないので、正直不安だった。外で会っているときは、とてもいい母なのだが、家ではどうなのか。それに、母もひとり暮らしに慣れてきている。しかし、あれこれ悩んでいる時間はなかった。とにかく、引っ越してからゆっくり考えよう。

 

目黒から埼玉の母の家に引っ越したことを知ると、誰もがびっくりしてこう聞いてきた。

 

「お母さんの介護で?」

「いいえ、母はピンピンです。ハエたたきで落としたいくらいピンピンです」

 

そう正直に答えると、誰もが目を白黒させながらも大笑いした。

 

 

 

 

松原 惇子
作家
NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク 代表理事

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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