夫に先立たれた妻は元気といわれているが…
30万円の絨毯を送りつける
あるとき、知人宅を母と二人で訪れる用事があり、恵比寿駅で待ち合わせをした。歩く歩道に乗り、ゆっくり歩いていると、母が突然、不機嫌になった。いつもニコニコしている母の、見たことのない一面を見せられ、わたしはギョっとした。突然、どうしたっていうの?
「……あなたたちは、仕事だ仕事だって……何もしてくれない。絨毯を買ってくれるって約束したのも忘れてるでしょ。お母さんのことなんか、どうでもいいのよ」
忙しくて忘れていたのは事実だが、そんな言い方しなくてもいいではないか。そのときは母の気持ちを察する余裕がなかった。こちらまで一緒に怒りだし、目も合わせずに知人宅まで行き、気まずい時間を過ごし、もちろん帰りは別々だった。
「なんで、そんなこと言われなくちゃいけないのよ。何が不満なのよ」
カッカしたその足で新宿の大塚家具に向かい、頭にきたその勢いで30万円の絨毯を購入し、母の家に送りつけた。
今思うと、10万円にしておけばよかったと後悔しているが、怒りが金額をつりあげた。
一般的には、妻に先立たれた夫はしょぼくれ、夫に先立たれた妻は元気といわれているが、はじめてのひとり暮らしは、そう簡単に切りかえられるものでなかったのだろう。
いるべき人がいない寂しさ
例は違うが、わたしの先代の飼い猫、めっちゃんが死んだとき、わたしはしばらく、自分のマンションに帰れなかった。「ただいまー」と帰れば「ニャン」と応えてくれる相手がいない。慣れ親しんだ当たり前の風景がない日々は、本当につらかった。
猫と暮らしている人はお分かりだろうが、猫は人間にとり精神安定剤みたいな存在だ。
猫が亡くなってから、わたしは大事なことに気づいた。それは、ずっとひとり暮らしのつもりでいたが、本当はひとり暮らしではなかったという気づきだ。
人間にはいろいろなタイプがあり、人と一緒でないと幸せになれない人、わたしのようにひとりの方が幸せな人、いろいろだが、わたしは人と一緒に住むことが苦手な人間だ。だから、わたしには猫という相棒がピッタリ合っていたのだ。