「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

目黒のマンションを漏水トラブルで売却して…

お母さんの介護で? いえ、母はピンピンです

 

人生の先はわからないもので、わたしが65歳のとき、ひとり暮らしの母の家に間借りすることになった。することになったというと理由が母にあるように聞こえるが、わたしが自分で決め、母の承諾もなく転がり込んだというのが正しい言い方だ。

 

実は、一生住み続けるつもりで購入した目黒のマンションで、漏水トラブルに巻き込まれたことに嫌気がさして、売却することにしたのだ。

 

生まれてはじめて「60歳以上の人に部屋を貸さない」という日本社会の現実に直面したという。(※写真はイメージです/PIXTA)
生まれてはじめて「60歳以上の人に部屋を貸さない」という日本社会の現実に直面したという。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

大好きな町、大好きなマンションだったので悩んだが、嫌になるとその場にとどまっていられない性格のわたしだ。離婚したときも同じだった。2年間、解決にむけて管理会社や管理組合の理事たちと戦ったが、ラチがあかず去ることにした。

 

人にとってはたいしたことでないことでも、わたしにとっては大問題。だから、わたしはいつも損をして去ることになる。トラブルに強くないというか、交渉して粘れない性格なのだ。まあ、よくいえば、あっさりしているのだが、「お金より今の気分」を優先する自分には、実は自分でも呆れている。

 

目黒のマンションを売る? マンションを出る? このわたしの決断に、家族や友達は、わたし以上に驚いた。みんながみんな、間違った決断だと言わんばかりの顔をしたので、それ以後は、自分から引っ越したことを話さなくなった。人の不幸は蜜の味という言葉があるが、都落ちしたととらえた人も多かったようだ。まあ、人の考えを変えることはできないので、どう思っていただいてもいいのだが。

 

「家賃」の言葉に反応する

 

「お母さん、緊急事態が発生したのよ。悪いけど一時的に間借りさせてください。その代わり、家賃は払います」

 

突然の押しかけ宣言にびっくりした母だったが、「家賃」の二文字に反応したのをわたしは見逃さなかった。誰でもお金が入るのはうれしい。とくに、年金収入のみで暮らしている母はなおさらだ。

 

なぜ、実家に間借りをすることに決めたかというと、以下のとおりだ。売却が突然決まり、2か月で空け渡すことになった。とりあえずの住まいとして、賃貸マンションに移り、落ち着いてから次のマンションを購入することにしたからだ。

 

ところが、目白に1LDKのかわいい賃貸マンションを見つけて喜んでいたところ、契約日の前日に不動産屋から電話があり、大家さんから契約の白紙撤回を申し渡されたというではないか。

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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