前回は、ソフトバンクを高成長させた孫正義社長が持つ、経営者としての力を紹介した。今回は、ファーストリテイリングの柳井正社長を取り上げる。

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紳士服洋品店を全く異なるカジュアルウェアの店に

ソフトバンクとともに、圧倒的な成長を実現したのが「ユニクロ」ブランドを展開するファーストリテイリングだ。ご存知の方も多いだろうが、ファーストリテイリングというのは、決してファッションに鋭敏な若者が始めたベンチャー企業ではない。その前身は、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏の生家が山口県で行っていた紳士服洋品店の小郡商事だ。当時、柳井社長の父親の本業は土木建設業で、服飾は副業の一つでしかなかった。

 

小郡商事の創業は1949年で、株式会社の設立は1963年だ。柳井正社長が入社して事業を引き継いだのは1974年のことだ。それから、ユニクロの1号店が誕生するまでに、さらに10年の月日が経っている。

 

1984年、従来の紳士用品店とは全く異なるカジュアルウェアの店として、広島県に「ユニクロ(ユニーク・クロージング・ウエアハウス)」1号店が誕生した。以後、1991年に商号をファーストリテイリングに変更し、1994年には広島証券取引所に株式を上場、1997年には東京証券取引所の二部上場を果たし、怒濤の成長を続けた。

 

筆者が、柳井社長に初めてお会いしたのはその頃のことだ。柳井社長もまた、自らの事業にすべてを投入していることを感じさせる強い意思を持った経営者だった。ユニクロが当初モデルとしたのは、恐らくアメリカの衣料品小売大手のGAPだと筆者は思う。GAPは1986年にSPA(Speciality store retailer of Private label Apparel)というビジネスモデルを発表した。これはアパレルにおいて製造から小売までを統合した垂直統合の販売形態のことだ。

 

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それまでアパレルといえば、生産と販売が分かれていることは当たり前だった。しかし、流行の回転の速いアパレル業界ではどうしても生産と販売との間にギャップがあり、仕入れの失敗による在庫過剰が悩みの種となっていた。そこでGAPでは、お客様に最も近い店舗を擁する自社で企画開発した衣料を自社ブランドで売り出すことにしたのだ。戦略は当たり、カジュアルブランドとしてのGAPは世界的なメーカーにのし上がった。

 

素材調達から製造、物流、店舗企画までを一貫したブランドのもとに行うSPAの思想は、合理的な考え方の持ち主である柳井社長にはベストなビジネスモデルだった。日本のGAPを目指したユニクロは、山口県の一ショップから、瞬く間に全国展開する大企業へと成長したのだ。

柳井社長が貫く明確な信念とは?

先日、ユニクロのニューヨーク5番街の店を訪問した時に、筆者は感動した。日本のファッションブランドが、旗艦店とはいえニューヨークであれだけの巨大な店を構えて成功していることに、日本人として感慨を禁じ得なかったのだ。

 

ユニクロの成功は、柳井社長の個性とビジョン、経営にかける情熱なくしてはなし得なかっただろう。柳井社長は日本の経営者としては珍しく、成功しても変化をいとわないというよりも、変化するのが当たり前とでもいうようなスピード感を持っている。父親から譲り受けた紳士服洋品店を、カジュアルウェアのお店に変えてしまったのがその良い例だ。

 

あるいは、業績の低迷した1997年に創業以来の役員の退任を断行し、商社・コンサルティング会社などから人材を登用した。新しいマネジメント・チームをつくったのを見て、その行動力に筆者はこれまで日本の企業にはない経営者だと強い印象を受けた。自らの信念に基づいて行動する、欧米的な強い経営者だと直感した。温情や年功ではなく、合理性と能力本位で人材登用や人事管理を行うことも、ファーストリテイリングのような常に流行に目を光らせねばならない業態では必要なことなのだろう。

 

筆者は、柳井社長の経営の基本理念に大変共感し、経営者として常に目指していくべき大きな目標であると思っている。なぜならば、氏には「企業の使命は成長し続けることである」との明確な信念があるからだ。日本のアパレルメーカーとして世界市場を目指すのが当然であり、さらにグローバルナンバーワン企業を目指す高い目標を決めた上で目標達成のためのプロセスを明示し、妥協することなく実行していく姿勢に、社員も、そして株主も大いに啓発されるのだと思う。

 

1997年、東京証券取引所に上場したばかりの柳井社長が強く成長を語る姿に感銘を受けた筆者は、その後ファーストリテイリングの株に大きく投資した。といっても、投資し続けられたわけではない。なぜならば、ファーストリテイリングはほぼ常に人気株で、ある水準からは、割安なバリュー株とはいえなくなっていたからだ。

リーダーシップと成長に対する強い意思が原動力

スパークスがファーストリテイリングに大きく投資をしたのは、上場後に株価が伸び悩んだ時期と、2001年から2002年にかけての一時的な停滞の時期だ。このような停滞をスパークスではグリッチと呼んで、格好の投資時期と考えている。

 

ファーストリテイリングの高成長の背景にも、ソフトバンクと同様、柳井社長の強いリーダーシップと成長に対する強い意思(執念)があることはいうまでもない。普段は寡黙な柳井社長だが、「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」「成長できなければ死んだも同然」などの言葉には、その強い意思が表れている。

 

だが、ファーストリテイリングはソフトバンクと異なり、アパレルというあまり高成長は期待できない成熟したコモディティ製品を扱う事業である。華やかさや成長性とは一見して無縁な業界だ。いったい、どのようにして世界のユニクロになれたのだろうか。その答えの一つは、「ブランド化」だ。さらに「ブランド」で付加価値をつけた上で、低コスト化を製販一体化のシステム導入により実現した。GAPなどアメリカの先行事例はあったものの、ローコスト製品をブランド化することは、当時としては斬新なアイデアだった。

 

また、ユニクロの魅力は、単なるブランド化だけではなく、確かな品質にもある。ヒートテックや、シルキードライなど繊維メーカーと共同で機能性アンダーウエアを開発すると、品質が十分に高いことを前提として、それらの商品もブランド化してしまった。フリースやヒートテックといった名称は、ユニクロと切り離して考えることができない。スマホといえばiPhoneの時代があったように、フリースといえばユニクロの時代を築いてしまったのだ。

 

ファーストリテイリングの株価が高く評価されているのは、常に市場期待を上回る成長を継続しつつ、加えて次なる成長領域への戦略を示すことを忘れないからだ。2000年前後は、他社に先駆けてのSPA化とフリースでの大ヒットがあり、フリース旋風が収まった2004年には、「世界品質宣言」によるSPAの徹底とリブランディング宣言があった。

 

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2000年代前半は日本国内での成長が株価を牽引し、日本市場が飽和しつつある2000年代後半は、世界市場に進出して、アジア事業の成長という成功を収めた。商品・ブランド開発と新しいグローバル市場の開拓をてこに高成長を続けるファーストリテイリングは、成長株投資として最も安心して買える企業だと考える。

 

【図表 ファーストリテイリング株価推移】

出所:FactSet、スパークス・アセット・マネジメント
出所:FactSet、スパークス・アセット・マネジメント

 

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本連載は、2015年1月22日刊行の書籍『株しかない』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

株しかない

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阿部 修平

幻冬舎

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