「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

うまく死ぬことは健康で生きることよりも難しい

ほどよい年齢で死ねる。こんな幸せなことはない。友人の中にも「父にもっと長生きしてほしかったわ」と残念がる人がいるが、それは、ほどよいところで亡くなってくれたから出る言葉で、寝たきりの父親を在宅介護していたら言える言葉ではないように思う。

 

「いつまでも生きていてほしい」という願いは、残念だが年月とともに「いつまで生きるの」という嘆きに変わる。長生きはきれいごとではないのだ。老老介護の現場や老人ホームを訪問するたびに、わたしは痛感する。

 

満足な人生だったからこそ

 

父は見事に死ぬことができた。すごい!いわゆる、誰もが望むピンピンころりの最期だ。わたしは仏壇で手を合わせるたびに、「お父さん、どうやったら、お父さんみたいに死ねるの」と問いかけるが、返事はない。

 

結局、大きな爆弾を抱えない限り、一気に死ぬことはできないのかもしれない。がんの人が聞いたら気を悪くするかもしれないが、余命が分かるがん死は、高齢者にとり理想の死だと、わたしは思っている。

 

あとで母から聞いた話だが、父は83歳のころから仏壇に向かって「おばあちゃん、もう十分だから、お迎えにきてください」と言っていたそうだ。それを知ったとき、わたしたち家族がいるのに?毎日が楽しくないの?借金もトラブルにも巻き込まれていないのにと信じられなかったが、自分が70代になり、少しだけ、父の気持ちが理解できるようになった。

 

85歳は若いと人はいうかもしれないが、父はすべてに対して欲のない人だったので、命に対しても満足していたのではないかと思われる。苦しいから早く死にたいのではなく、もう十分に人生を楽しませてもらったから満足だよ。ありがとう。の気持ちだったのではないかとわたしは推測している。

 

「おたくのお父さんは家族に迷惑をかけずに死んで、本当に理想ね。すばらしいお父さんね」

 

母親の介護を10年したという近所の女性の言葉は本音だろう。

 

長寿の日本人にとり、うまく死ぬことは、健康で生きることよりも難しい。

 

父は85歳で上手に死ねた。一方、母は亡くなった父の年齢をまるでマラソンランナーのようにすいすいと駆け抜けた。しかもヨイヨイではなくピンピンでだ。正直、働きづくめのわたしの方がくたばっている。

 

 

 

 

松原 惇子
作家
NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク 代表理事

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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