「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

「90過ぎると怖いのなんかないんだよ」

90歳を過ぎると死はないらしい


 
93歳で亡くなった、ゲゲゲの鬼太郎で有名な漫画家、水木しげるさんがわたしは大好きだ。テレビで水木3兄弟の日常を放映していたのを、偶然に見た。元気で長生きの人に牛肉好きは多いが、水木さんも牛肉好きだ。朝から牛肉を食べている。3兄弟ともに元気で90歳超えだというのだから驚きだ。

 

「死ぬのは怖くないですか」という記者の質問に対し、水木さんは大笑いしながら豪快に言った。

 

「アハハ、90過ぎると死はないんだよ。90過ぎると、怖いものなんか、ないんだよ。アハハ」

 

老いや死が怖いものに感じるのは、まだ老いや死が差し迫っている年齢ではないからだという。(※写真はイメージです/PIXTA)
老いや死が怖いものに感じるのは、まだ老いや死が差し迫っている年齢ではないからだという。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

この言葉に、稲妻が落ちたような衝撃をわたしは受けた。マスコミの影響か、テレビで介護や認知症のことばかり流すせいか、わたしたちは長生きを恐怖に捉えがちだが、実際に90歳超えをした本人から「怖いものなどない」と聞いて救われる気がした。

 

老いや死が怖いものに感じるのは、まだ老いや死が差し迫っている年齢ではないからだ。死にごろの年齢に入っている人は、明日死んでもいいところに来ているので未来がない分、恐れもないのかもしれない。だから、毎日を笑っておいしく食べることだけに集中できるのだろう。

 

人は、まだ遠い先のことを不安というのであり、さだなかにいるときには不安などないということでいいだろうか。


 
70代になったわたしは、そのことを実感するようになった。30代、40代のころは、「もしこのままひとりだったらどうしよう」「お金は足りるかしら」「病気になったらどうしよう」と老後の不安に駆られていたが、正直な話、すでにシニアになっているわたしに、あのころもっていた不安はほとんどない。

 

それは、あと10年あるかないかわからない年齢まで来ると、先のことより今のことの方が大事になってくるからだ。おそらく、80代になったらもっと、それを実感するにちがいない。

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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