灘→東大医学部は「天才と変人の紙一重」と言われる本当の理由

灘高→東大理Ⅲ→東大医学部卒。それは、日本の偏差値トップの子どもだけが許された、誰もがうらやむ超・エリートコースである。しかし、東大医学部卒の医師が、名医や素晴らしい研究者となり、成功した人生を歩むとは限らないのも事実。自らが灘高、東大医学部卒業した精神科医の和田秀樹氏と、医療問題を抉り続ける気鋭の医療ジャーナリストの鳥集徹氏が「東大医学部」について語る。本連載は和田秀樹・鳥集徹著『東大医学部』(ブックマン社)から一部を抜粋し、再編集したものです。

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自分が天才だという自意識は灘中1年で打ち砕かれた

灘→東大のエリートは、天才と変人の紙一重?

 

鳥集 実際に東大に入ってからはどうなのでしょう? 灘出身の子は、東大に入っても灘同士でつるむものですか?

 

和田 理Ⅲに限って言えばそうでもなかったのですが、私の現役当時は灘高やラ・サール高出身の生徒は東大での留年率が高かったはずです。東京に馴染めず、同じ高校出身同士でつるんでしまうからかもしれません。それを見て、「灘やラ・サールの子は受験で燃え尽きてダメになってしまうのか」と考える人も多いようです。

 

しかし、それはちょっと違うと思いますね。そうではなくて、相対的に「垣根が高い」と感じて合格を勝ち取った子のほうが、大学生になってもしっかり授業を受けるからではないでしょうか。

 

たとえ東大理Ⅲに受かっても、灘出身の場合、多くの子が「自分は天才で特別な子どもだ」とは思っていなかったような気がします。なぜなら、先ほど申し上げたように灘高は半分より下の成績でも東大生か京大生になれるわけですから。そして、そういう仲間がたくさんいるので、大学に入ったら、東大で新しい友達を作り、東大生として講義を受けるより、「灘校卒」でつるんで雀荘(じゃんそう)通いをしたりするんです。

 

私自身、自分が天才だという自意識は、灘中に入って1年で見事に打ち砕かれました。小学校のときは、自分は頭がいい、神童だと思っていましたが、灘中に入ったら、神童なんて山ほどいるわけです。灘校のいいところは、本物の天才もたくさんいる一方で、どう見てもアホな奴さえも、東大に合格できるところです。

 

灘高は半分より下の成績でも東大生か京大生になれるという。(※写真はイメージです/PIXTA)
灘高は半分より下の成績でも東大生か京大生になれるという。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

鳥集 逆に、灘校に入ってがっかりしたことは何かありますか?

 

和田 そうですね。二つありました。私は、小学校のときは転校生で、6つの学校を転々としたのですが、どこに行ってもイジメられっ子でした。スポーツも団体行動も得意ではなかったし、友達を作るのが苦手でした。でも、灘に入ればきっと変人が多いから、私もクラスで浮かないだろうと思っていました。しかし、いざ中学受験をして、灘中に入ってみると、わりと普通の子どもらというか、変人はほとんどいなかった。スポーツが得意な子も多かったのも予想外でした。

 

子ども時代、頭のいいヤツというのは、えてして体育が苦手と考えていたのですが、そんなことはなかったのです。たとえば、灘から東大法学部に入って警視総監になった吉田尚正*氏は、とにかく勉強が得意で柔道が得意な文武両道の男でした。高校のときには『クイズグランプリ』*に出たことで話題になりました。

 

私と同じくらい変人だったのは、ほんの数人でした。中田考*氏とか、勝谷誠彦*氏とかね。中田氏こそ孤高の天才で、ニーチェとかショーペンハウエルとかを高校生で読み込んでいて、言うことがぜんぶ哲学的でした。まあ、勝谷とは全然ウマが合わなかったし、アイツは開業医のボンボンでいつも仲間を引き連れているガキ大将気質の根っからのイジメっ子だったけれど……。

 

吉田尚正
よしだ なおまさ。灘高卒、1983年東京大学法学部卒。83年警察庁入庁、2006 年から宮崎県警本部長、15年より福岡県警本部長。指定暴力団工藤会の壊滅作戦を指揮し、16年警察庁刑事局長、17年に第94代警視総監に就任、18年退官。灘高時代にテレビ番組『クイズグランプリ』に出場したが、賞品のハワイ旅行は逃した。

『クイズグランプリ』
1970 年から80年にかけてフジテレビ系列で放送されていたクイズ番組。司会は小泉博。「文学歴史」「芸能音楽」「スポーツ」「科学」「社会」「ノンセクション」の6ジャンルについて、10点刻みに10~50点の問題が30問出される。前問の正解者がジャンルと得点を指定する。解答は早押しで、正解すればその問題の得点を獲得できるが、不正解の場合はその問題の得点分減点されるというシステム。

中田考
なかた こう。灘中・灘高卒。早稲田大学政治経済学部に入学するも、翌年東京大学文科三類に入学、1984 年文学部イスラム学科卒。哲学博士。ムスリム名は「ハサン中田」。2015 年、イスラム国による邦人人質事件に際し、イスラム国と独自のパイプを持つ中田氏は直接交渉にあたることができると明言し注目を集めたが、交渉は実現しなかった。

勝谷雅彦
かつや まさひこ。灘中・灘高卒、早稲田大学第一文学部卒。コラムニスト。文藝春秋にて国際報道記者、その後フリーランスのコラムニストとして活躍したが、重症アルコール性肝不全で2018 年11月、死去。

 

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和田秀樹こころと体のクリニック院長
精神科医

1960 年大阪府生まれ。東京大学医学部卒。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、国際医療福祉大学心理学科教授。川崎幸病院精神科顧問。和田秀樹こころと体のクリニック院長。「I&C キッズスクール」理事長。一橋大学経済学部非常勤講師。27 歳のときに執筆した『受験は要領』がベストセラーになり、緑鐵受験指導ゼミナール創業。製作・監督した『受験のシンデレラ』はモナコ国際映画祭で最優秀作品賞( グランプリ) を受賞し、『「わたし」の人生 我が命のタンゴ』もモナコで4部門受賞、『私は絶対許さない』でインドとニースの映画祭で受賞するなど、映画監督としても活躍している。

著者紹介

ジャーナリスト

1966年兵庫県生まれ。同志社大学大学院修士課程修了(新聞学)。会社員、出版社勤務等を経て、2004年から医療問題を中心にジャーナリストとして活動。タミフル寄附金問題やインプラント使い回し疑惑等でスクープを発表してきた。2015年に著書『新薬の罠子宮頸がん、認知症…10兆円の闇』(文藝春秋)で、第4回日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受賞。他の著書に『がん検診を信じるな~「早期発見・早期治療」のウソ』(宝島社新書)、『医学部』(文春新書)など。

著者紹介

連載「東京大学医学部」偏差値トップの超エリートコースはいま

東大医学部

東大医学部

和田 秀樹 鳥集 徹

ブックマン社

灘高→東大理Ⅲ→東大医学部卒。それは、日本の偏差値トップの子どもだけが許された、誰もがうらやむ超・エリートコースである。しかし、東大医学部卒の医師が、名医や素晴らしい研究者となり、成功した人生を歩むとは限らない…

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