専門分化型の医療から総合診療型の医療への移行の方向性は打ち出され、いくつかの大学医学部で総合診療科ができているのですが、現実にはそのような改革はほとんど進んでいません。その背景に東大医学部の存在があるといいます。精神科医の和田秀樹氏が『東大医学部』(ブックマン社)で明らかにします。

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「正常値信仰」が高齢者を殺す

私が、東大医学部が変わらないことには日本の医学はお粗末なままだと思うようになった背景を書かせていただきます。

 

今年で私は医者になって37年になります。

 

ところが、つくづく日本の医療は変わっていないなと思うことが多いのは確かです。たまたま老年医学の世界に身を置いたために、その問題点は高齢者医療から強く感じることになりました。

 

一つは、正常値信仰についてです。

 

日本では健康診断が盛んに行われ、いろいろな検査データをもとに診断を行うのですが、高血圧や軽い糖尿病のある高齢者の場合、薬、インスリンなどを使って血圧や血糖値を正常範囲に戻すと、フラフラしてしまう人が多いのです。

 

それどころか、血糖値を正常に戻そうとすると、失禁を起こしたり、ボケたようになったりする人が多いことを、私が勤めていた高齢者専門の総合病院、浴風会病院の糖尿病の専門家の先生は問題にしていました。朝の血糖値を正常値化すると、早朝に低血糖を起こしてしまうことが多いからだということでした。

 

この浴風会病院は、もともと関東大震災で家族を亡くした高齢者の救護施設、つまり身寄りのないお年寄りが入る老人ホームに付設された病院でした。また、昔から老年医学の研究を行う伝統があったため、亡くなった方の半数くらいを解剖しているので、年間100人くらいの高齢者の剖検例が出ることになります。そこではさまざまな発見がありました。

 

85歳を過ぎて、脳にアルツハイマー型の変性が多かれ少なかれ、まったくない高齢者はいないこと。85歳を過ぎると、ほとんどの人にどこかしらがんが見られることなどです。その他に動脈硬化も、程度の差はあっても皆さんに見られることがわかりました。

 

動脈硬化になると血管の壁が厚くなり、血液が通る部分が狭くなるので、血のめぐりは悪くなるし、脳梗塞や心筋梗塞の原因にもなります。そのため、血圧や血糖値、コレステロール値を下げて動脈硬化の予防をするわけですが、一旦動脈硬化になってしまうと、血流が通りづらいので血圧や血糖値はむしろ高めでないとフラフラしてしまうという事態に陥ります。

 

高齢になったら検査データの正常値にこだわるより、本人の訴えや症状に合わせた医療を行うほうがいいと思うようになったゆえんです。

 

実際、浴風会病院は、亡くなるまでフォローできる特別養護老人ホームなどが併設されているので、患者さんの5年後、10年後、15年後の死亡率などの追跡調査ができます。結果的に、血圧は160くらいまでは正常の人と死亡率が変わらないことや、血糖値については、糖尿病とされている人でも死亡率が変わらないことがわかりました。

 

もう一つの大きな発見は、高齢者の場合は、高血圧、糖尿病、骨粗鬆症のように一人でいくつも病気を抱えているということです。この場合、各々の病気に正常値を目指して薬を出していると、たいていの高齢者は具合が悪くなります。高齢者の場合は、薬の優先順位をつけ、その種類を制限できるような総合診療医が必要なのだと痛感しました。

 

この手のことをまとめて、1996年に『医者よ、老人を殺すな!』(ロングセラーズ)という本を書いたのですが、そこに書かれている問題の多くは未だに改善されていないし、現在でも通用する話だと自負しています。

 

高齢化が進めば、専門分化型の医療から総合診療型の医療に変わっていかないといけないし、正常値にこだわるよりエビデンスを求めて、高齢者が最も長生きできる治療を研究しないといけない。なのに、事態は一向に改善していないということです。

 

次ページ高齢化が進めば総合診療型医療が必要

本連載は和田秀樹・鳥集徹著『東大医学部』(ブックマン社)から一部を抜粋し、再編集したものです。

東大医学部

東大医学部

和田 秀樹 鳥集 徹

ブックマン社

灘高→東大理Ⅲ→東大医学部卒。それは、日本の偏差値トップの子どもだけが許された、誰もがうらやむ超・エリートコースである。しかし、東大医学部卒の医師が、名医や素晴らしい研究者となり、成功した人生を歩むとは限らない…

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