灘高→東大理Ⅲ→東大医学部卒。それは、日本の偏差値トップの子どもだけが許された、誰もがうらやむ超・エリートコースである。しかし、東大医学部卒の医師が、名医や素晴らしい研究者となり、成功した人生を歩むとは限らないのも事実。自らが灘高、東大医学部卒業した精神科医の和田秀樹氏と、医療問題を抉り続ける気鋭の医療ジャーナリストの鳥集徹氏が「東大医学部」について語る。本連載は和田秀樹・鳥集徹著『東大医学部』(ブックマン社)から一部を抜粋し、再編集したものです。

東大医学部は臨床研究でも物足りない面がある

ノーベル賞で京大に大敗している理由

 

和田 研究重視といいながら、東大はノーベル賞受賞者においても物足りない。特に最近は京都大学の吉野彰*氏や名古屋大学の天野浩*氏など国立大学からノーベル賞受賞者が続出しましたが、東大出身者は少ない。さらに東大医学部教授からは、実は一人も受賞者が出ていません。世界に通じる研究者の養成を本気でしたいのならば、面白い発想を持たせて伸ばしたほうがいいはずなのに、そういう気の利いた教授がいないのです。

 

◆吉野彰
よしのあきら。1970年京都大学工学部卒、72年同修士課程修了。化学者。専門は電気化学。携帯電話やノートパソコンなどに用いられるリチウムイオン二次電池の発明者の一人として、2019年、ノーベル化学賞を受賞。

◆天野浩
あまのひろし。1983年名古屋大学工学部卒。工学博士。専門は半導体工学。名城大学理工学部講師、助教授、教授を経て、2010年より名古屋大学大学院工学研究科教授。青色LEDに必要な高品質結晶創製技術の発明で、赤﨑勇(名城大学大学院)教授と中村修二(カリフォルニア大学)教授とともに14年ノーベル物理学賞を受賞。

 

鳥集 東大医学部は臨床能力だけでなく、臨床研究においても、物足りない面があるのは事実です。たとえば、がんの領域では、臨床試験を中心としたさまざまな多施設共同研究を行っている「日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)」という組織があります。ここには、日本のトップレベルのがんの臨床医が集まっています。国立がん研究センターを中心に約190の医療機関が参加し、各種がんや治療別に16の研究グループがありますが、2020年現在、東大病院の医師が代表者を務めるユニットは一つもありません。

 

和田 東大医学部教授が、好きに研究ができる立場にいながら、まともな研究をしていない証拠です。

 

東京大学がノーベル賞受賞者数で京都大学に大敗しているのはなぜか。(※写真はイメージです/PIXTA)
東京大学がノーベル賞受賞者数で京都大学に大敗しているのはなぜか。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

鳥集 東大医学部出身の外科医に聞いた話ですが、東大医学部の人たちは、「ここにゴールがある」というのが見えていると、そこに対して一直線に答えを作っていく能力はとても優れているそうです。言い換えればそれは、計画された実験の結果を論文化して、業績を積み上げていくことです。そういう意味では、研究や論文を量産する能力は格段に高い。しかし、本当に面白いことは、ゴールに向かう道とは別のところにある。東大医学部の人たちはゴールばかり見ているので、その道端に落ちている輝く原石に気づかないのだと、その外科医は話していました。

 

和田 その通りです。見通しのつかないものをやる人のことを、「非合理的」であるとどこか馬鹿にしているのかもしれません。東大医学部は、「人が誰もやっていないことを、仮説を立てて実証する」というスタイルの研究を学生に促すのが不得意なようです。それは、生徒の能力の問題でも受験教育の瑕疵でもなく、教授たちの教え方の問題でしょう。もっと言えば、東大医学部での論文テーマの与え方が矮小化していると考えます。

 

鳥集 たとえば、これは『選択』という雑誌の2017年7月号の記事ですが、基礎研究の業績においても、2014年以降に『ネイチャー』『サイエンス』『ニューイングランド医学雑誌』『ランセット』に掲載された日本の医学部に在籍する研究者の論文は、1位が京大、2位が阪大、3位が東大でした。国からの運営費交付金や職員数を勘案すると、東大の医師一人あたりの生産性は、京大の3分の1、阪大の2分の1しかないというのです。

 

和田 鳥集さんは、かつて湯川秀樹*氏が日本人で初めてノーベル物理学賞を受賞した理由を覚えていますか?

 

◆湯川秀樹
ゆかわひでき。1929年京都帝國大学理学部卒。理論物理学者。33年から大阪帝國大学理学部講師となり、34年にはすでに「中間子」理論構想を発表した。42年より東京帝國大学理学部教授。43年文化勲章受章。49年ノーベル物理学賞を受賞。53年には京都大学に戻り、70年退官。81年没。

 

鳥集 陽子と中性子を強い力で結びつけている「中間子」理論です。京都帝大出身でしたが、湯川理論は、阪大で生まれたものでしたね。当時の阪大理学部は、大変風通しがよく、自由闊達な研究ができていたといいます。

 

和田 そうです。しかし湯川氏は、中間子の存在を証明したわけではありません。その存在を仮定して、後にそれが発見されたことがノーベル賞につながったわけです。

 

何が言いたいかというと、研究者にとって大切なのは証明することよりもまず、仮説を立てることなのです。湯川氏の影響が大きかったからか、物理の世界では我が国でもユニークな仮説を立てる人間を評価する気風が、かろうじてあるようです。物理学の世界では、欧米に一度も長期留学せずに日本で研究を続けていても、ノーベル賞が取れる土壌ができています。教授の趣味でない研究をやると頭ごなしに否定されてしまう医学部とは大きく違うようです。

 

鳥集 京大医学部の出身者・在籍者はノーベル賞を取っているけど、東大理Ⅲの出身者は取っていないですからね。日本の医学・医療界をリードしていると自負している立場からすれば、焦燥感を募らせているのではないでしょうか。

 

和田 ノーベル物理学賞だけで、今のところ東大出身者は5名が受賞*しています。しかし医学部においては対照的ですね。

 

◆東大出身者は5名が受賞
1965年朝永振一郎(量子電気力学の基礎研究、東京帝國大学で理学博士を取得)、73年江崎玲於奈(半導体におけるトンネル効果を発見し、エサキダイオードを開発、東京帝國大学卒)、2002年小柴昌俊(ニュートリノの観測、東京大学卒)、08年南部陽一郎(素粒子物理学における自発的対称性の破れを発見、東京帝國大学卒)、15年梶田隆章(ニュートリノ振動の発見、東京大学で理学博士を取得)。

 

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和田 秀樹 鳥集 徹

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