
※本連載は、片岡武氏、細井仁氏、飯野治彦氏の共著『実践調停 遺産分割事件 第2巻 改正相続法を物語で読み解く』(日本加除出版)より一部を抜粋・再編集したものです。
早く現金が欲しい…「遺産の一部分割」を申立てた長男
「今日は、どのようなご用件でお越しですか」
家庭裁判所の職員が丁寧な口調で語りかけた。
「父親が、先日、死んだんだけど、母親や弟が遺産をがめていて渡さないんだよ」
真人はそう言いながら鞄から書類を取り出し、職員に渡した。職員は、真人の話を聞きながら、渡された書類をめくり、1枚目の「遺産分割調停申立書」を取り出し、所定箇所を鉛筆でチェックし始めた。

「すみません。分割する遺産は目録1番・2番の土地だけでよろしいですか? 他にも不動産や預金があるようですけど」
「ああ。他にもみかん畑や自宅の土地と建物とかあるんだけど、目録3番のみかん畑は斜面なんで買い手が付きそうにないんだ。しかし、目録1番、2番の土地はキウイ畑で、平地なんだよね。とりあえずキウイ畑だけ、マンション用として売却し、早く現金化したいんだ。買い手もほぼ決まってるんだ。他はあとでゆっくり分けるよ」
「分かりました。遺産の一部を分割したいってことですね」
「まあ、そうなるかな」
「それと事情説明書には『遺産を独占しようとしたり、法定相続分を超える遺産を取得しようとする相続人がいる』という記載にチェックがありますが、これはどなたが主張されているんですか」
「ああ、それね。農業をやってる二男だよ。家業を手伝っていた。それと三男の妻が相続人でもないくせに父親の面倒を見ていたとかでお金を要求しそうなんだ」
真人は、母愛子が検認手続において、以前「亜季さんには、随分お世話になったから、遺産を少しでも渡してあげられないかしら。お父さんも望んでいると思うし」と話していたことを思い出した。本当なら、長男の俺が全部もらうのが当然なのに…。母さんも随分取り込まれたものだ…。
「三男の配偶者の方が、お金を請求しているのであれば、別途の手続を取ってもらう必要があるのですが、とりあえずこのまま受付いたします。他に不足書類等がある場合には、担当から連絡させていただきます」
職員は、真人に対し、事件番号と担当を記載した受付票を手渡した。真人は、受付票を二つ折りにして鞄にしまい、裁判所を後にした。