
実家暮らし歴18年、年金33万円に寄りかかる中年息子の現実
「俺のベンツが……ない!?」
ある日、自宅の車庫を見た瞬間、佐藤達也さん(仮名・48歳)は声を上げました。停めてあるはずの愛車が忽然と姿を消していたのです。しかし、それは盗難でも事故でもありませんでした。両親が下した決断によるものだったのです。
達也さんは、就職氷河期世代の真っただ中に社会人となりました。進学校を卒業後、大手企業に就職したものの、職場環境や人間関係に耐えられず、30歳を迎える前に退職。その後、再就職はせずに実家に戻り、以来18年間、働くことなく暮らしています。
「もう嫌だ、耐えられない――」そう会社を退職した達也さんをみていた父・勇さん(仮名・78歳)と母・洋子さん(仮名・77歳)。「しばらくは休ませたほうがいい」とそっとしておこうと決めたものの、まさか以降、働かなくなるなんて夢にも思っていなかったでしょう。
高齢の夫婦と、働かない息子。その生活を支えていたのは、夫婦の年金です。ともに公務員として勤め上げ、年金はふたりで月33万円。高齢の夫婦が暮らしていくには十分すぎる年金に、バリアフリー対応の持ち家。老後を見据えてコツコツと積み立ててきた貯金と、定年時に手にした退職金。お金の不安などない老後にひとり息子が加わっても余裕がありました。
とはいえ、その余裕の多くは達也さんが使っていたといっても過言ではありません。スマートフォン代や外食費に加え、日常的に乗っていたベンツの維持費も両親が負担していました。もちろん、ベンツ自体も達也さんが購入したものではなく、達也さんからねだられて購入したもの。父・勇さんは免許を返納しており、自動車を運転することすらありません。
中学校から進学校に通っていた達也さん。同級生の多くは、上場企業に就職したり、公務員になったりと活躍し、多くが結婚して家庭を持っています。達也さんがベンツに乗るのは、そんな旧友たちに「自分はちゃんとやっている」と思わせたい気持ちからだったのです。社会的な体裁を保つためのツールでしかなかったのです。
母が要介護になり、老親が決断した「終活」と「自立促し」
転機が訪れたのは、母・洋子さんが要介護状態になったことです。転倒による骨折を機に、歩行が困難になり、日常生活の多くを勇さんが手伝うようになりました。ところが、息子の達也さんは介護に無関心なままで、日常の手伝いすらしようとしません。
勇さんは、これまで「息子に厳しくすると、ますますこじれるのでは」と思い、見守ることを選んできました。しかし、妻の介護と自らの体調不良が重なり、「このままでは3人とも共倒れになる」と強い危機感を覚えたといいます。そして、勇さんは終活を本格的に進めるとともに、夫婦揃って老人ホームに入居する決断をします。自宅などの財産はすべて売却し、残される家族・親族が困らないよう、資産はすべて整理しました。そのなかには、当然ながら達也さんが日常的に使っていたベンツも含まれていました。
ある日突然、車庫から消えたベンツに対して、達也さんは冒頭の通り、かなり取り乱しました。これに対し勇さんは静かに、「あれはお前のではない。私たちが買った車だ。老後資金として手放した」とだけ答えました。さらに勇さんは、口座に入金した100万円の通帳を息子に手渡します。「この家も売ることにした。もうここには住めない。この100万円で自立してくれ」。そう言い残し、勇さんと洋子さんは老人ホームへと転居していきました。