
改正相続法を物語で読み解く本連載。今回のテーマは「仮分割の仮処分」。父の遺産をめぐり対立した兄弟。長男・真人は、家庭裁判所に「遺産の一部分割」を求める調停を申し立てた。調停の長期化が見込まれるなか、被相続人の妻・愛子は現金が不足していく。しかし「家庭裁判所の許可がいらない範囲」で預貯金の払戻しを受けている。生活のためとはいえ、さらに引き出すことは認められるのか? ※本連載は、片岡武氏、細井仁氏、飯野治彦氏の共著『実践調停 遺産分割事件 第2巻』(日本加除出版)より一部を抜粋・再編集したものです。

~あらすじ~
父の遺産をめぐり対立した兄弟。長男・真人は、家庭裁判所に「遺産の一部分割」を求める調停を申し立てた。二男・祐人は、友人の鈴木弁護士とともに調停に出席し、「全部分割」を希望する。案の定、遺産分割事件は長期化の兆しを見せていた。
葬儀の時点で現金不足だった愛子。当然、生活費も…
「遺産分割っていつ終わるのかしら」
掃除をしている亜季の背中に、ため息交じりの義母・愛子の声が聞こえてきた。
「結構時間がかかるっていう話はよく聞きますよね」
「そうよね」
普通のことではへこたれずいつも明るい愛子だが、今日は表情が妙に暗かった。
「お義母さん、どうかされたんですか?」
「亜季さんにこういうこと言うのも恥ずかしいんだけど、預金が下ろせないでしょ。生活費も年金だけだと少ないし、ここにきてちょっと足りなくなってるのよ。祐人も援助してくれてはいるけど、預金だけでも下ろせないかなって思って。でも、葬儀費用として150万円の払戻しを受けちゃっているしね」
そうなんだ。遺産分割が長引けば長引くほど、お義母さんが苦しくなっていくことになる。
「鈴木先生に相談したらどうですか。何か良い方法があるかもしれませんよ」
「私のせいで調停が長引くんじゃないかって気になってなかなか言い出せなくてね」
「そんなこと気にすることないですよ。祐人さんには連絡しておきます。鈴木先生のところに行ってください」
鈴木弁護士が提案した「法改正後の制度」
「なるほど、そういうことですね。気が付かなくてすみません。生活状況を確認するべきでした。早速、仮分割の仮処分の申立ての準備をします」
「仮分割の仮処分って何? お袋は150万円を下ろしてしまってるだろ? もっと下ろせるってこと?」
祐人がけげんな表情で問いかけた。
「あのね。150万円は、相続法の改正により、家庭裁判所の許可がなくても払い戻せるんだ。今の話は、生活費が不足するなどの理由があれば、今度は、家庭裁判所の審判を得て、更に預貯金を払い戻すことが可能なんだ。改正により、要件が緩和されて、生活費に充てるためであれば、相続人に、預貯金を取得させることができる制度があるんだ」
「じゃあ…」
「ああ。家庭裁判所の判断によるが、かいこう銀行の普通預金について仮分割の仮処分の申立てをすることにしよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
愛子は頭を下げた。鈴木は、愛子らが事務所から帰ると、すぐに申立書の作成に取り掛かった。
遺産分割前の払戻しを可能にした「仮分割の仮処分」
■ポイント:仮分割の仮処分とは?
判例(最大決平成28年12月19日家判9号6頁)は、従前の判例(最1小判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁)を変更し、預貯金債権は遺産分割の対象に含まれることになったので、遺産分割までの間は、共同相続人全員の同意を得なければ権利行使をすることができません。
そうすると、生活費が不足している場合であっても遺産分割が成立しない限り払い戻すことはできないという問題が起こります。
そこで、相続人の資金需要に応ずるため、改正相続法は仮分割の仮処分の申立ての制度を認めました。
妻・愛子が「預貯金の取得」を認められる可能性は?
<改正法Q&A>仮分割の仮処分の類型にはどのようなものがありますか?
預貯金債権の仮分割の仮処分は、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁など家庭裁判所が遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認める場合に認められます。
家事事件手続法200条3項では、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁といった事情を例示として掲げていますが、これに限る趣旨ではありません。必要性の判断については、家庭裁判所の裁量に委ねられています。
申立ての目的に着目すると、次の3類型に整理することができます。
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一 類型①
扶養を受けていた共同相続人等の生活費や施設入所費等の支払のために必要である場合
二 類型②
医療費等の被相続人の債務の支払のために必要である場合
三 類型③
葬儀費用や相続税等といった相続に伴う費用の支払のために必要である場合
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本件は、扶養を受けていた愛子さんの生活費の不足が理由となっています。
■ポイント:仮分割仮処分申立てのための資料
本件は、生活費等の支払を目的とする申立てですから、仮分割の仮処分の必要性を判断するための資料として、申立人の愛子さんの収入資料(年金等)、支出資料(家計収支表等)、陳述書等が必要となります。
被相続人と生計を一つにし、年金以外の収入を持たない愛子さんの生活費は、生前、被相続人の財産から支出されていたのですから、権利行使の必要性が高いとして、認められることになるでしょう。
片岡 武
千葉法律事務所 弁護士(元東京家庭裁判所部総括判事)
細井 仁
静岡家庭裁判所次席書記官
飯野 治彦
横浜家庭裁判所次席家庭裁判所調査官
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