一般の雇用者とは異なり、経営者の中には「定年退職」という制度に縁のない人も少なくないでしょう。しかし、認知症患者数が増大する日本においては、事業承継は後回しにできない喫緊の問題です。社長が認知症になると、会社にどのような影響が及ぶのでしょうか? ここでは事業承継に着目し、法的観点からそのリスクを解説します。※本連載は、坂本政史氏の著書『社長がボケた。事業承継はどうする?』(中央経済社)より一部を抜粋・再編集したものです。

事業承継には「2つの法的手続き」が不可欠だが…

事業承継に最低限必要となる法的手続は、「代表者の交代」と「株式の承継」の2つです。後継者が事業を継続できるように、様々な経営資源を承継させる必要があるといわれますが、まずは、事業承継に最低限必要なことから押さえましょう(図表3)。

 

(※)生前に株式を承継させる一般の手続を示しています。
[図表3]事業承継に最低限必要なこと (※)生前に株式を承継させる一般の手続を示しています。

 

社長が認知症になり、判断能力を失うと、事業承継に必要不可欠なこの2つの法的手続が、ただちにできなくなってしまいます。つまり、認知症のリスクが顕在化すると、事業承継ができなくなる可能性があるのです。

なぜ「株主の交代」が必要なのか?事業承継の意義

ここで、事業承継の意義を押さえましょう。事業承継とは、後継者に会社の経営者(代表者)の地位と会社の所有者(株主)の地位を引き継ぎ、事業を継続してもらうことをいいます。株式会社は、制度上、所有と経営が分離しています。つまり「所有者と経営者は別にします。経営はプロに任せましょう」という設計になっているのですが、中小企業は、オーナー企業の比率が高い(※注1)のです。

 

※注1 2017年11月時点で、中小企業のうち、オーナー経営企業の占める割合は約72%となっています(出典:2018年度版中小企業白書〔中小企業庁編〕85頁)。

 

オーナー企業の社長は、2つの顔を併せ持っています。経営者(会社の代表者)でもあり、株主(会社の所有者)でもあるのです。株式会社は、制度上、所有と経営が分離していますが、オーナー企業では、実質的に所有と経営が一致しています。

 

オーナー企業の社長は、所有者と経営者の2つの顔を持つ

 

大事なのは、「登記上の代表者を交代しているから、事業承継は済んでいる」と誤認しないことです。事業承継は、経営者を交代するだけでは足りません。会社の実質的な所有者である株主の交代も行う必要があります。

判断能力を失うと「辞任等の手続」ができない

ここでは、代表者の交代について確認しましょう。ここでいう代表者の交代とは、登記上の代表者の交代のことをいい、後継者が登記上の代表者になるためには、役員変更登記をする必要があります。図表4に示すとおり、認知症のリスクが顕在化すると、辞任による役員変更登記ができなくなってしまいます。

 

[図表4]必要不可欠な「代表者の交代」ができない

 

現代表者である社長の任期満了前に、自らの意思で、代表者の交代をする場合には、現代表者の辞任等の手続を要します。社長が認知症になり、判断能力を欠く状態では、辞任等の手続を行うことができません。

 

なお、平成27年(2015年)2月27日から改正商業登記規則が施行され、代表取締役等(印鑑提出者)の辞任の登記申請をする場合には、辞任届に図表5のいずれかの押印が必要となっています(任期満了による退任のときは、辞任届は不要)。

 

[図表5]辞任届に必要な押印

 

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社長がボケた。事業承継はどうする?

社長がボケた。事業承継はどうする?

坂本 政史

中央経済社

高齢の社長が認知症になれば、会社と後継者に大きな困難が降りかかる。 後継者が決まっていたとしても、生前に事業継承ができなくなるケースも…。 具体例をあげながら、社長が元気なうちにすべきこと、不幸にも認知症を…

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