社長が認知症になると、事業承継に深刻な影響を及ぼします。場合によっては生前の対策ができなくなることも…。愛する会社を守るにはどうすればよいのでしょうか? ここでは、社長の認知症リスクがもたらす、会社の「デッドロック」について解説します。※本連載は、坂本政史氏の著書『社長がボケた。事業承継はどうする?』(中央経済社)より一部を抜粋・再編集したものです。

会社が事実上の休眠状態に…恐ろしい「デッドロック」

前回の記事『社長が認知症だと「事業承継で大損しかねない」これだけの理由』(関連記事参照)では、第三者承継(M&A)や企業内承継で生じうるトラブルを解説しました。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

社長の認知症リスクが会社に及ぼす影響について…まだ続きがあります。会社の株主構成、役員構成等によっては、社長の認知症が進行し、判断能力を失うと、会社の意思決定ができない「デッドロック」といわれる状態に陥る可能性があります。この状態に陥ると、会社は身動きが取れなくなってしまいます。

 

デッドロック(Dead lock)とは、膠着(こうちゃく)状態を意味します。大株主である社長が認知症になり、判断能力を失うと、株主総会の決議ができない膠着状態(以下、デッドロック)に陥ることがあるのです。

 

この状態では、会社の基本的事項について、意思決定ができません。本来的には、定時株主総会で計算書類を承認することすらできません。会社は、事実上の休眠状態となってしまうでしょう。

「表決数、定足数」が不足…株主総会の決議が不可能に

株主が認知症になり、判断能力を失うと、どうして株主総会の決議ができなくなるのでしょうか?

 

株主総会の決議には、表決数と定足数が定められています。表決数とは、決議が可決する賛成数のことをいいます。大株主である社長が判断能力を失うと、株主総会における議決権の行使ができません。これでは、株主総会の決議で必要となる表決数を満たせない可能性があります。

 

一方、定足数とは、決議が成立する出席者数のことをいいます。ここで、選挙を例えにして、定足数について考えてみましょう。選挙の日に雨が降っていて、選挙に行かない人がたくさんいたら、どうなるでしょうか?

 

一定の投票数が確保できなければ、選挙は成立しません。法律で、選挙が成立する最低投票数(法定得票数という)が決められているからです。株主総会の決議も同じことがいえます。

 

株主総会の決議ができなくなるのは、雨の日の選挙と同じ理由?

株主総会の決議に必要な「出席者数」

株主総会は、会社の基本的な方針や重要な事項を決定する機関です。株主総会の決議は、原則として、議決権を基に多数決で決められています。つまり、決議事項の重要性が高くなるにつれ、多くの議決権数が必要となる仕組みとなっているのです。

 

ごく一部の出席者による株主総会の決議は、株主全体の意見を反映したとはいえません。そのため、株主総会の決議には定足数が定められています。

 

株主総会における決議要件別の定足数および表決数を図表1に示します。

 

[図表1]株主総会における決議要件別の定足数および表決数

 

定款の定めにより、定足数を変更することもできますが、会社の役員(取締役、会計参与、及び監査役)の選解任決議の定足数は、3分の1までしか下げることができません。

 

定足数または表決数に満たないまま行った株主総会の決議は、決議方法に欠陥があると言わざるを得ません。この欠陥のことを瑕疵(かし)といいます。株主総会の決議方法に瑕疵がある場合、その決議方法は、法令または定款に違反していることになります。

 

【専門用語】

定款:実質的には会社の組織・活動の根本規則を意味し、形式的にはその規則を記載または記録した書面または電磁的記録を意味する。(青竹正一『新会社法〔第4版〕』59頁〔信山社、2015〕)

決議に瑕疵があった場合の「無効主張」

株主総会の決議は、社内外を問わず、利害関係者に影響を与えます。株主総会の手続や内容に瑕疵(欠陥)がある場合に、無制限に無効の主張を認めると、会社の事業運営上、支障をきたすでしょう。

 

そこで、会社法は、株主総会の決議に瑕疵がある場合でも、その瑕疵の程度が小さいときには、決議の無効主張を制限する設計をしています。

 

決議の瑕疵の程度が小さい場合、訴えを提起しなければ、株主総会決議の無効主張ができません。

 

その一方で、決議の瑕疵の程度が大きい場合は、訴えによらなくても、無効の主張をすることができます。決議の瑕疵が大きく、当然に無効となる場合に、なぜ訴えを提起するかというと、判決が確定することにより、その判決の効力が原告と被告(会社)以外の第三者にも及ぶことになるからです。

 

株主総会の決議に瑕疵がある場合

 

株主総会の決議に関する訴え①

 

株主総会の決議に関する訴え②

 

株主総会の決議の瑕疵が小さい場合には、裁判所の裁量により、訴えの請求を棄却することがあります。この裁量棄却の要件は、違反する事実が重大ではなく、かつ、決議に影響を及ぼさないことです(会社法831条2項)。

 

瑕疵が小さい場合は治癒されることも

取締役会決議まで無効になるリスク

株主が認知症になり、判断能力を失うと、株主総会の決議が無効になるリスクがあるだけでなく、場合によっては、取締役会の決議まで無効になるリスクがあります。

 

つまり、会社の基本的事項だけでなく、取締役会で決議する重要な業務執行の決定までもができなくなる可能性があるのです。

 

株主が判断能力を失うと、取締役会決議も無効となることが

 

取締役会は、“株主総会で選任された”取締役が出席して決議を行います。無効な株主総会決議に基づいて選任された取締役には、本来取締役の資格がありません。取締役の資格がない者が出席して取締役会の決議が行われていた場合には、その取締役会決議も無効となるおそれがあります。

今度は「株式の分散」に直面…デッドロックの末路

株主の認知症リスクから引き起こされるデッドロックを放置するとどうなるでしょう? 再び、相続の入り口が開きます。

 

株主の判断能力喪失が原因となって、デッドロックに陥った会社は、デッドロックから解放されたときに、株式が分散してしまうことがあります。

 

株主が死亡し、相続が発生すると、その株主の財産に属した一切の権利義務を相続人が承継します。この承継方法を一般承継(包括承継ともいいます)といい、承継する財産には、株式も含まれます。

 

多くの中小企業は、会社にとって望ましくない者に株式を保有されないようにするため、定款に定めて、株式に譲渡制限を付しています。

 

この譲渡制限株式を譲渡により取得するには、会社の承認を必要としますが、相続による株式の取得は、この譲渡制限の対象外です。

 

つまり、相続が発生するたびに、株式(株主)の分散が生じる可能性があるのです。関係が希薄化した株主が反対株主になることも考えられます。

 

相続による株式の取得は、譲渡制限の対象外

 

相続による株式の分散➡関係の希薄化➡反対株主の発生

 

株式が分散すると、後継者に株式を集約させるための資金が必要になります。他の株主から譲渡等により株式を取得する場合、価格面で折り合いがつかなければ、裁判で解決するか、裁判外で和解した価格で買い取ることになるでしょう。会社の経営方針に異を唱える反対株主が、株主としての権利を会社に行使してくることも考えられます。

 

株主が認知症になり、判断能力を失うと、自ら株主総会における議決権を行使することができません。その株主が死亡して、相続が発生すると、デッドロックからは解放されますが、今度は、相続による株式の分散の問題に直面することになるのです。

 

 

デッドロックから解放⇒相続による株式の分散が生じる

 

 

坂本 政史

公認会計士・税理士

 

 

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社長がボケた。事業承継はどうする?

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中央経済社

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