社長が認知症となり、判断能力が失われると、生前に行うべき相続対策や事業承継は原則できなくなってしまいます。認知症になると会社を守れなくなるのが現実なのです。しかし早期の対策が間に合わず、やむを得ず退任となってしまう場合も起きうるでしょう。もし代表者が不在となったとき、どのような制度が使えるのでしょうか? 社長が判断能力を失った「後」の対応を解説。※本連載は、坂本政史氏の著書『社長がボケた。事業承継はどうする?』(中央経済社)より一部を抜粋・再編集したものです。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

代表者の不在…後見人が付されて退任したケース

社長が判断能力を失った後の会社の対応について見ていきましょう。代表取締役に成年後見人が付され、任期途中で退任したときに、後任者がいなければ、代表者不在による種々の問題が生じます。

 

社長が認知症になると…

 

会社法は、退任した代表取締役が、後任者が就任するまで、なお代表取締役としての権利義務を有する(権利義務代表取締役)規定を置いています(会社法351条1項)。

 

しかし、権利義務代表取締役となることができるのは、任期満了または辞任により退任した代表取締役のみです。成年後見人が付されて取締役退任となった場合に、この規定による救済はありません。

 

成年後見人が付されて退任となった場合「権利義務代表取締役」による救済はない
成年後見人が付されて退任となった場合「権利義務代表取締役」による救済はない

 

【代表権付与】

後任者の選任ができず、代表者不在のまま、会社の実印が変更できなければ、それ以降の会社の契約が、法的に不安定な状態になります。実は、取締役会を設置して“いない”会社の場合、定款の定め次第(※注1)ですが、残存する他の取締役が自動的に代表取締役に就任することがあります。

 

それは、「代表権付与」を原因として登記される場合です。限定的ながら、代表取締役が退任となったとき、代表取締役の選任手続を経ることなく、残存する取締役が代表取締役となり、会社実印を変更することができる場合もあるのです。頭の片隅に置き、適宜、法律の専門家に相談しましょう。

 

取締役会を設置していない会社の場合、残存する取締役が選任手続きなしで代表取締役となる場合も
取締役会を設置していない会社の場合、残存する取締役が選任手続きなしで代表取締役となる場合も

 

※注1 例えば、定款に「当会社に取締役2名以内を置き、取締役の互選により代表取締役1名を置く。」と定めた場合(松井信憲『商業登記ハンドブック〔第2版〕』52頁(商事法務、2009)

 

【一時代表取締役】

会社の代表取締役が欠けた場合、一定の要件を満たせば、利害関係人(取締役、株主、監査役、従業員、債権者等)が、一時代表取締役の職務を行うべき者の選任を裁判所に申し立てることができます(会社法351条2項)。

 

裁判所は必要に応じて、一時代表取締役の職務を行うべき者を選任します。会社の債権者は、選任された一時代表取締役に対し催告等の通知をすることができます。

 

利害関係人(取締役、株主、監査役、従業員、債権者等)が、裁判所に「一時代表取締役」の選任を申し立てられる場合も
利害関係人(取締役、株主、監査役、従業員、債権者等)が、裁判所に「一時代表取締役」の選任を申し立てられる場合も

「親族が望ましい」という見解…成年後見制度の転換期

「会社法上、成年“被”後見人等が取締役等であるときに、成年後見人(または代理権が付与された保佐人)は、職務の執行を代理することはできないものと解すべきであると考えられ」(※注2)ています。

 

取締役は、個人の能力に着目して選任されますが、成年後見人は、「会社の承諾なく交代する可能性があり、会社法上の取締役等の責任も負いません」(※注3)。まして、親族でもない限り、社長の意を汲んで、経営の舵を切ることは困難です。

 

※注2・注3 法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会第10回会議(平成30年2月14日)部会資料17「取締役等の欠格条項の削除に伴う規律の整備の要否」5頁

 

社長の意思を知る親族後見人であれば、適宜、家庭裁判所の連絡票を利用しながら、株主総会における議決権の代理行使をする等、後任が決まるまでの一時的な対応を行うことが期待できます。

 

成年後見制度については、欠格条項の撤廃に加え、親族後見人が望ましいという見解を最高裁が示しました。

 

最高裁が平成31年(2019年)3月18日に示した見解は次の通りです。「本人の利益保護の観点からは、後見人となるにふさわしい親族等の身近な支援者がいる場合は、これらの身近な支援者を後見人に選任することが望ましい」(※注4)としています。

 

※注4 厚生労働省 第2回成年後見制度利用促進専門家会議(平成31年3月18日)配布資料3「適切な後見人の選任のための検討状況等について」

 

2012年度(平成24年度)に、初めて親族以外が成年後見人等に選任される件数が全体の半数を超えました【図表】。それ以降、親族が成年後見人等に選任される割合が減少していますが、今転換期を迎えようとしています。

 

出典:最高裁判所事務総局家庭局『成年後見関係事件の概況』
【図表】成年後見人等と本院との関係別割合推移 出典:最高裁判所事務総局家庭局『成年後見関係事件の概況』

 

 

坂本 政史

公認会計士・税理士

 

 

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