社長が認知症になり、判断能力が失われると、生前に行うべき相続税対策や事業承継対策は原則できません。しかし認知症の種類によっては判断能力の程度に「波」があり、急激に低下しても、その後やや回復して横ばいの状態になることもあるのです。ここでは「万が一」のときに知っておきたい遺言書の作成方法を解説します。※本連載は、坂本政史氏の著書『社長がボケた。事業承継はどうする?』(中央経済社)より一部を抜粋・再編集したものです。

認知症が進んでから「遺言書」を作成するには?

認知症の症状の波が激しい場合は、判断能力があるときに、簡単な遺言書や契約書なら自分で作成することができる可能性があります。遺言書や契約書を自ら作成できなくても、口頭で誰かに意思を伝えることができる場合もあるでしょう。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

成年後見人が付されてから遺言をするには、医師の協力が必要です。判断能力が一時回復した成年“被”後見人が、遺言をするには、医師2人の立会いを要します。遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において判断能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名・押印をしなければなりません(民法973条)。

 

ほかにも、親族(※注1)以外の成年後見人が付され、後見の計算(※注2)終了前に、後見人またはその配偶者もしくは直系卑属の利益となるべき遺言をしたときは、その遺言は無効となります(民法966条)。

 

自筆証書遺言による遺言書を作成する場合には、自書することが求められます。自書することができない場合でも、公証人に遺言の趣旨を口授(口頭で伝えること)して、公正証書による遺言書を作成できる場合があります。

 

繰り返しになりますが、公正証書遺言の場合、家庭裁判所で検認手続をする必要はありません。

 

[図表1]公証人に口授する公正証書遺言の流れ(民法969条)

 

※注1 直系血族、配偶者または兄弟姉妹のこと

※注2 後見人の任務が終了し、後見人またはその相続人が原則2ヵ月以内にする管理の計算のこと(民法870条)

急な容態変化にも対応…簡易的に残せる「危急時遺言」

自筆証書遺言や公正証書遺言といった普通方式の遺言のほかに、危急時遺言という特別方式の遺言があります。危急時遺言とは、死亡の危急に迫った者が簡易的な方式で行う遺言をいいます。ここでは、危急時遺言のうち、死亡危急時遺言について見ていきます。まずは、要件を押さえましょう。

 

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<死亡危急時遺言の要件(民法976条)>

□ 疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするとき

□ 証人3人以上が立会い、証人のうち1人に遺言の趣旨を口授する。

□ その口授を受けた者が、これを筆記して、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、または閲覧させ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名し、印を押す。

□ 遺言の日から20日以内に、証人の1人または利害関係人から家庭裁判所に請求してその確認を得る。

 

【口授ができない者である場合の対応】

●口がきけない遺言者:

口がきけない遺言者は、証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述する。

 

●耳が聞こえない遺言者または証人:

口授を受けた者が筆記した内容を、通訳人の通訳により、遺言者または他の証人に伝えて、読み聞かせに代えることができる。

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危急時遺言により、株式を後継者に相続する旨の意思が残せたとしたら、後継者以外の他の相続人との間に生じる交渉や争いを回避することができる可能性があります。

 

図表2に死亡危急時遺言の手続の流れとポイントを示します。
 

取材:元裁判官千葉公証役場公証人小宮山茂樹先生
[図表2]死亡危急時遺言の手続の流れとポイント 取材:元裁判官千葉公証役場公証人小宮山茂樹先生

 

危急時遺言は、一生に一度使うかどうかの遺言方式ですが、この遺言方式を知っていることが大切です。あのとき知っていればよかったと思うような法律や制度はたくさんあると思います。こうした緊急時にも相談できる法律の専門家が身近にいると安心できると思います。

 

なお、危急時遺言は、災害時に仮設住宅に住むようなものです。危急時遺言の手続を経た後に、未だ本人に遺言能力がある場合には、できるだけ公正証書による遺言書を残すようにしましょう。

役場に行けない状態でも「公正証書」は作成可能だが…

公証人は、法令に違反した事項や無効な法律行為等について、証書を作成することはできません(公証人法26条)。公証人には、契約当事者の意思能力の有無を確かめ、契約に違法または無効となる点がないか審査をする権限があります。

 

加えて、病気等のために、本人が公証役場に出向くことができない場合には、公証人に病院等に出張してもらうこともできます。ただし、出張を依頼すると、費用が1.5倍となります。

 

任意後見契約や信託契約が成立するに足る判断能力の程度については、公証人の判断を仰ぐことも対応として考えられるでしょう。

 

ただし、公正証書を作成するにあたり、公証人に対して虚偽の申立てをして、不実の記載をさせたときには、公正証書原本不実記載等の刑事罰を問われる可能性があります。不実の記録をさせた者は、5年以下の懲役または50万円以下の罰金に処するとされています(図表3)。

 

[図表3]

 

 

坂本 政史

公認会計士・税理士

 

 

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