社長が認知症になると「事業承継ができない」可能性
事業承継に最低限必要となる法的手続は、「代表者の交代」と「株式の承継」の2つです。前回の記事『一瞬で手遅れに…「俺は生涯現役」引退を考えない社長の末路』では、参加者の交代について解説しました。
ここでは、社長の認知症リスクが、株式の承継に与える影響について確認しましょう。図表1に示すとおり、認知症のリスクが顕在化すると、生前に株式の承継、またはその対策ができなくなることがあるからです。
生前に株式を承継させる一般的な承継方法として、生前贈与または譲渡により株式を後継者に承継させる方法があります。
生前贈与により株式を承継させる場合は、贈与契約を締結します。他方、譲渡により株式を承継させる場合は、譲渡契約を締結します。社長が認知症になり、判断能力を失っていると、それらの契約は、原則無効となります。
意思表示ができなければ、遺言や死因贈与により、死亡を契機に株式を後継者に承継させることも、株式を信託しておくこともできません。
つまり、社長が認知症になり判断能力を失うと、事業承継に最低限必要となる2つの法的手続をただちに行うことができず、事業承継ができなくなる可能性があるのです。
承継方法やタイミングが「後継者の税負担」を左右
株式を承継するとき、後継者に高額な税負担が生じることがあり、事業承継が進まない1つの要因となっています。実は、株式の承継方法によって、かかる税金の種類が変わります。そして、承継時の株価が税金の金額に影響を与えるのです。
上場株式であれば、証券市場ですぐに株価を確認できますが、非上場会社の株式に取引相場はありません。気が付くと、想定外に株価が高くなっていたということもあり得るでしょう。
株式の承継をするときには、税理士等の専門家に相談しましょう。税法上、非上場株式を“譲渡”したときの時価を定めた明文規定はありません。安易な手続をして高額な税金を負担することがないように気をつけましょう。
【専門用語】
遺贈:遺言によって自らの財産を無償で他人に与えること(内田貴『民法Ⅳ補訂版 親族・相続』482頁〔東京大学出版会、2012〕)
株式こそ、実質的な「会社の支配力」
株式とは、出資者たる株主の地位のことをいいます。株式会社では、不特定多数の者から出資してもらえるように、出資者の地位である株式を細分化し、同一種類の株式は1株1株同じ内容にしています。株式を移転すると、株主の地位も移転します。つまり、株式を多く保有する株主の地位が高くなる仕組みとなっているのです。こうすることで、会社と株主の法律関係が明確になり、会社もその法律関係を処理しやすくなりますね。
株主総会は、会社の最高意思決定機関といわれます。その株主総会の決議は、多数決で決まります。株主総会の多数決の票は、原則として1株1票です。この票のことを、議決権(株主総会の決議に参加する権利のこと)といいます。
原則として、1株につき1議決権が与えられていますので、株式の保有割合が高いほど、株主総会で意見が通りやすくなります。株主総会の決議をするときに、後継者が単独で意見を通すことができる議決権数を保有していれば、実質的に会社を支配していることになるのです。
事業承継対策は「後継者に株式を集約させる」のが基本
取締役の選任は、株主総会の普通決議を要します。総議決権数の過半数を保有すれば、株主総会の普通決議を単独で可決することができるため、自分の息がかかった者を取締役にすることができます。後継者は、最低でも総議決権数の過半数を保有することが肝要です(重要な決議事項は、さらに多くの議決権保有割合が必要になります)。
株式は会社を操縦できるリモコンのようなものです。リモコンを操縦できる株主がたくさんいると、いつか争いになるかもしれません。事業承継対策の基本として、できるだけ株式を後継者に集約しておきましょう。
一方で、株式には、財産的価値もあります。株式を譲渡して換金することもできます。会社の価値は、株価に反映されます。一般的に、会社の価値が高まると、株価は高くなります。反対に、会社の価値が低下すると、株価は低くなるのです。ちなみに、株価が低下しても、マイナスになることはありません。株価の下限はゼロです。実務では、株価がゼロのときに、株式の贈与(または、あえて譲渡)をすることがよくあります。
坂本 政史
公認会計士・税理士
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