2025年には認知症患者が700万人に達すると言われている日本。これは日本企業にとっても深刻な危機です。社長が認知症を発症すると、社長自身のプライベートだけでなく、会社にまで重大な影響が及ぶからです。社長の認知症リスクを法的観点から確認しましょう。ここでは社長の法律行為を解説します。本連載は、坂本政史氏の著書『社長がボケた。事業承継はどうする?』(中央経済社)より一部を抜粋・再編集したものです。

「何十年前の契約」も無効に?契約相手が認知症の場合

契約をした相手方の判断能力の有無が、契約後に争点となることがあります。認知症の方と契約した場合、どのようなリスクがあるでしょうか?

 

判断能力がない者の法律行為は無効となりますので、契約してから何十年経ったとしても、その契約が無効となるリスクが残ります。この無効を主張できる期間に制限はありません。原則として、「誰でも」、「誰に対しても」、「いつまでも」無効の主張ができるとされています。

 

ただし、誰でも無効を主張することができると、相手の出方次第で法律行為が有効になったり、無効になったりして、法律関係が安定しません。

 

「意思無能力による無効は、意思無能力者を保護するための制度であるから、その者(意思無能力者)の側からだけ無効を主張できると考えるべきである」(四宮和夫・能見善久『民法総則〔第九版〕』46頁〔弘文堂、2018〕)と解されています。

 

[図表6]「意思無能力者」側は、契約の無効を主張できる

「追認」で後から効力を認めることもできるが…

判断能力を欠き無効になった法律行為は、判断能力がない状態が続く限り、追認することはできません。追認とは、後から効力を認めて有効にすることをいいます。仮に、判断能力が回復すれば、(回復後に判断した時点から)追認することはできますが、法律行為をした時点に遡って有効にできるわけではありません。追認した時点から将来に向かって有効になります。

 

[図表7]法律行為の「追認」

判断能力の有無は「実質的・個別的」な判定が必要

ここで、注意していただきたいのですが、認知症になったからといって、ただちに法律行為が無効になるわけではありません。法律行為が無効になるか否かは、判断能力の有無が基準となります。つまり、意思表示をしたときに、判断能力がないと法律行為は無効となるのです。

 

認知症を発症して、直ぐに判断能力を失うわけではないでしょう。認知症にはいくつかの種類があり、その症状にも程度があります(図表8)。

 

また、「意思能力の有無は、画一的・形式的な基準によって決せられるものではなく、個々の具体的な法律行為について、当該事実関係を基に、行為者の年齢・知能などの個人差その他の状況を考慮して、実質的・個別的に判断するものと考えられている」と解されています(東京高判平成30・9・12金融・商事判例1553号17頁)。

 

したがって、医師の診断書に認知症と書かれているからといって、画一的に、意思能力がないと判断されるわけではありません。

 

[図表8]認知症の「種類」や「程度」

 

※学説…谷口知平編『新釈民法(1)総則(1)』177頁〔高梨公之〕(有斐閣、1964)
[図表9]「契約時の意思能力」は実質的・個別的に判断される ※学説…谷口知平編『新釈民法(1)総則(1)』177頁〔高梨公之〕(有斐閣、1964)

 

<ここを確認>

●判断能力がないことを理由とする無効は、意思無能力者の側からのみ無効を主張できると解されています。

●認知症になっても、ただちに法律行為が無効になるわけではありません。認知症の症状には程度があり、軽度の認知症の方だと普段はしっかりしている方も多いでしょう。

●「意思能力の有無は、個々の具体的な法律行為ごとに、行為者の年齢・知能などの個人差その他の状況をそのままふまえての、実質的・個別的判断にかかるものであり、なんらかの画一的・形式的な基準によるものではない」(幾代通『民法総則[第2版]』51頁(青林書院、1984)ことを押さえておきましょう。

 

 

坂本 政史

公認会計士・税理士

 

 

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