2025年には認知症患者が700万人に達すると言われている日本。これは日本企業にとっても深刻な危機です。社長が認知症を発症すると、社長自身のプライベートだけでなく、会社にまで重大な影響が及ぶからです。社長の認知症リスクを法的観点から確認しましょう。ここでは社長の法律行為を解説します。本連載は、坂本政史氏の著書『社長がボケた。事業承継はどうする?』(中央経済社)より一部を抜粋・再編集したものです。

社長が認知症になったら、法律行為は「即」無効?

判断能力がない者(「意思無能力者」といいます)の法律行為は「無効」となります。したがって、認知症が進み、判断能力を失った社長の法律行為は、はじめから当然に効力がないものとして扱われます。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

社会には、法律というルールがあります。自分がしていることの意味を理解できる判断能力がなければ、ルールを理解することもできません。

 

判断能力を失った方の法律行為を成立させるとしたら、その方が多大な損害を被ることは想像に難くないでしょう。例えば、認知症の高齢者を狙った訪問販売や振り込め詐欺の事件を耳にしたことはありませんか? 判断能力を失った方を保護するルールが必要となるのです。

 

[図表1]「判断能力がなくなってから」の法律行為は無効

民法大改正で追加された、「判断能力」に関する条文

誰もが生まれたときから、社会の一員として、権利を取得し、義務を負う主体となるための資格を有しています。私たちは、民法という市民社会のルールの下で、自らの意思に基づき、自由な法律関係(権利と義務の関係)を形成することが認められているのです。

 

しかし、現実には、判断能力が不十分で、誰かの支援を必要とする方もいるでしょう。こうした方を保護するルールは何かというと、それも民法です。実は、民法は約120年ぶりといわれる大改正により、意思能力(本記事では、判断能力と説明しています)に関する条文が新設されることになりました。その条文を確認してみましょう。

 

<民法第3条の2(新設)>

法律行為の当事者が【意思表示をした時】に【意思能力を有しなかった】ときは、その法律行為は、【無効】とする。

 

これまで、当然に無効と解されていたことですが、改めて明文化されることになりました。なお、この改正民法の施行日は、2020年4月1日です。

「ケーキの購入」も契約…そもそも「契約」とは何か?

身近に感じる法律行為といえば、契約です。売買契約でいえば、「売ります」「買います」という意思表示の合致によって売買契約が成立します。

 

ケーキ屋さん(Aさん)に、ケーキを買いに来た年配の女性(Bさん)を例にして、売買契約という法律行為を確認してみましょう。

 

Aさんは、ケーキを500円で買ってほしいと思いました。Bさんは、ケーキを500円で売ってほしいと思いました。このとき、AさんとBさんの頭の中を覗いてみると、Aさんはケーキを引き渡して、500円の支払いを受けることを望んでいます(図表2)。他方、Bさんは、500円を支払ってケーキを受け取ることを望んでいます。しかし、頭の中で考えているだけでは、相手に伝わらないので、望んでいる結果は生じません(図表3)。

 

[図表2]お互いに「売りたい」「買いたい」と望んでいるが…

 

[図表3]実際に「500円で売ります」「500円で買います」という意思表示を行い、合意しないと「契約」は成立しない

 

望みを叶えるには、望んでいることを相手方に知ってもらう必要があります。そこで、AさんはBさんに対して「ケーキを500円で売ります」と意思表示(申込み)をします。他方、BさんはAさんに対して「ケーキを500円で買います」と意思表示(承諾)をします。この双方向の意思表示が合致(合意)することにより契約が成立します。

 

契約が成立すると、契約の効力が生じます。Aさんは500円の支払いを請求できる権利(債権)を取得して、ケーキを引き渡す義務(債務)を負い、Bさんはケーキの引き渡しを請求できる権利(債権)を取得して、500円を支払う義務(債務)を負います(図表4)。このとき、原則として、ケーキの所有権がAさんからBさんに移転すると考えられています(※注)

 

(注1)「売買契約(債権行為)があると、それによって債権債務が発生するだけでなく、原則として所有権も移転すると考えられている」(四宮和夫・能見善久『民法総則〔第九版〕』207頁(弘文堂、2018))
[図表4]合意により契約成立。Aさん、Bさんにはそれぞれ「権利」と「義務」が生じる

 

※注 「売買契約(債権行為)があると、それによって債権債務が発生するだけでなく、原則として所有権も移転すると考えられている」(四宮和夫・能見善久『民法総則〔第九版〕』207頁〔弘文堂、2018〕)

法律行為の成立には「意思表示」が不可欠

法律の規定は、一定の要件を満たすと、一定の効力が発生する仕組みになっています。この要件のことを「法律要件」といい、効力のことを「法律効果」といいます。それでは、「法律行為」とは、どのような行為をいうのかというと、意思表示を構成要素とする法律要件のことを法律行為といいます。つまり、意思表示があって、はじめて法律行為が成立し(法律要件を満たし)、法律効果が生じるのです。

 

契約が成立するには、意思表示があることが前提となります。先ほどのケーキの売買契約の例に戻りましょう。Aさんの「ケーキを500円で売ります」という意思表示と、Bさんの「ケーキを500円で買います」という意思表示が合致することで、契約という法律行為が成立しました。

 

もし、契約したときに、Bさんに判断能力がなかったら、その契約はどうなるでしょうか? この場合、Bさんの法律行為は、原則として無効となり、Bさんの法律行為は、初めからなかったことになります。Bさんの判断能力がない状態とは、表示できる「意思」がない状態と同義です。そのような状態で意思表示をした法律行為を成立させるわけにはいきません。

 

(※1)〜(※4)我妻榮・有泉亨・清水誠・田山輝明『我妻・有泉コンメンタール民法総則・物権・債権〔第5版〕』順に175頁、176頁、176頁、693頁(日本評論社、2018)(※5)四宮和夫・能見善久『民法総則〔第九版〕』44頁(弘文堂、2018))
[図表5]専門用語一覧 (※1)〜(※4)我妻榮・有泉亨・清水誠・田山輝明『我妻・有泉コンメンタール民 法総則・物権・債権〔第5版〕』順に175頁、176頁、176頁、693頁(日本評論社、2018)
(※5)四宮和夫・能見善久『民法総則〔第九版〕』44頁(弘文堂、2018)

 

<ここを確認>

●意思能力がない者の法律行為は無効となります。

●意思能力のことを本書では判断能力と説明しています。

●法律行為は、意思表示を前提として成立します。

 

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社長がボケた。事業承継はどうする?

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坂本 政史

中央経済社

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