新型コロナウイルスの感染拡大によって不動産の世界は激変している。景気後退が叫ばれ、先行き不透明感が増すなか、日本経済はどうなるか、不動産はどう動くのかに注目が集まっている。本連載は、多くの現場に立ち会ってきた「不動産のプロ」である牧野知弘氏の著書『不動産激変 コロナが変えた日本社会』(祥伝社新書)より一部を抜粋し、不動産の現状と近未来を明らかにする。

スイスのネスレ本社と日本のオフィスとの違い

ただ、ポスト・コロナは、都心部の在り方を確実に変えていくことだけは間違いがなさそうです。多くのオフィスは郊外などのコワーキング施設や企業が独自に展開するサテライトオフィスになっていくでしょう。そうしたオフィスは何も高層ビルである必要もありません。勤労者は分散しているので大きなハコは必要ないのです。郊外の自然豊かなオフィスで働くのが普通の働き方になってくることでしょう。

 

私は以前REIT(不動産投資信託)の社長をしているとき、企業IR(株主、投資家への広報活動)でスイスにあるネスレの本社を訪れたことがあります。そのオフィスはレマン湖のほとりにある低層の建物で、オフィスと湖の間には綺麗に芝生が敷き詰められ、見事な景観であったことが忘れられません。

 

そのネスレで働く日本人従業員の方とも話をしたのですが、彼はもはや東京に戻ってあのクソ混みの通勤電車に乗って、無味乾燥な高層ビルで働くなんて金輪際できないとうそぶいていましたが、どうやらやっと日本にもそんな素敵なオフィスで働ける時代がやってくることになりそうです。

 

また、同様の機会で訪れたアメリカのサンフランシスコ郊外の投資家のオフィスも忘れられません。一般の住宅を改装したそのオフィスは、会社の従業員が自由に壁にペインティングし、内装もまるで家の中にいるような居心地の良さでした。

 

彼らは家から車でわずか10分の所に住み、たまに社員同士で飲むときも近所のレストランか、社員の家でホームパーティーを開くのだと言います。大きな居酒屋で上司にお酌しながらの宴会などまったく必要のない世界なのです。

 

それでも彼らはきわめてシビアな投資家。パソコンで分析したデータを見せながら、将来の日本の不動産マーケットについて矢継ぎ早に、質問を浴びせてきました。仕事は高層ビルの豪華なオフィスでやるばかりのものではないのです。

 

ポスト・コロナ時代は、多くのオフィスで集中から分散へと流れが変わってくるでしょう。賃料についてもこれまでは丸の内や大手町ならば坪5万円、六本木なら4万円など、ビルオーナーは、立地さえ確保すれば賃料は自動的に決定されるものと考えてきました。だからそうした土地をまず押さえることがビル業の第一歩でした。

 

三菱地所が丸の内や大手町を、三井不動産が日本橋を、森ビルが六本木を手放さないのは、その地を押さえていることにオフィスとしての価値があったからです。

 

しかし、これからはオフィス立地についてそれほど単純な方程式は成り立たなくなってくるでしょう。逆にオフィスではない用途、映画や劇場といったエンターテインメントであるとか、カジノ、高級ホテルとセレブリティ向けの住宅などを組み合わせた新しい都市像の創造が求められることになるでしょう。

 

こうした立地に土地を押さえれば、まずはオフィスにして賃料5万円をとって事業は成立、あとは容積率の割り増し分でホテルや美術館を組み込んでハイ出来上がり、といった単純な事業企画では勝負が難しくなってくるのです。

 

ポスト・コロナはオフィス大変革時代の幕開けなのです。

 

牧野 知弘
オラガ総研 代表取締役

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