「相続は争族」、最近よく聞く言葉です。多くの皆さんは、別の世界の出来事だと思っています。でもあなたが亡くなったら事情は変わります。財産は、あなたがこの世に忘れて行った落とし物になります。落し物は誰がもらえるのでしょうか。…争奪戦の幕が開きます。 ※本記事は、青山東京法律事務所の代表弁護士・植田統氏の書籍 『きれいに死ぬための相続の話をしよう 残される家族が困らないために必要な準備 』(KADOKAWA)より一部を抜粋したものです。
「均等だね」のはずが、ムクムクと私利私欲が…
真理子さんは遺言書を書いていませんでしたから、法律に従うことになります。
それによると、2人の相続分は2分の1ずつになります。遺産を半分にわければいいのですから、簡単なことのように思えます。拓也さんと静香さんも最初はそう思っていました。
ところが、真理子さんの死から2週間たち、3週間たち、落ち着いて色々考えてみると、そう単純なことでもなさそうです。
まず、静香さんが考えたのは、自分のこれからの生活です。これまでは、年金収入のあるお父さんの一郎さん、一郎さんが亡くなった後は、遺族年金収入があり、一郎さんの遺産を全部相続し、お金に不自由していない真理子さんからお小遣いをもらい生活してきました。
炊事、洗濯、掃除の手伝いをすれば、食費を払う必要も、部屋代を払う必要もなく、お小遣いまでもらえたのです。
これからは、お母さんの遺族年金もなくなり、誰も静香さんの食費やお小遣いを払ってはくれません。自分で生活費を手当てしていかないといけないのです。すぐに仕事が見つけられるとも思えないので、真理子さんが残した現金のできるだけ多くを手に入れたいと思いました。
住むところだって、拓也さんと2分の1ずつ相続することになると、追い出されてしまうかもしれません。せめて、今の家は自分のものにし、ここでの生活を続けたいものです。
一方、拓也さんには、拓也さんの事情があります。
自分も、もう34歳。剛という子どももいるので、そろそろ自分の家がほしいと思っていました。毎月8万円のマンションの家賃ももったいないし、お母さんからの遺産を頭金にして、マンションでも買いたいと考えていたのです。お母さんの遺産は、3000万円の家と土地と預金1800万円ですから、合計で4800万円。半分もらえるのなら、2400万円が手にはいりますから、それをマンションの頭金にしようと自分の心の中で決めていました。
こうして、2人はそれぞれ全く別々の考えを持って、遺産の分割の話をする場を持ちました。
静香さんがお兄さんの拓也さんに提案したのは、家と土地の共有登記、預金の2分の1分割です。でも、それだけではなく、今の家に自分が住むことを認めてほしいと申し入れました。
青山東京法律事務所 代表弁護士
1981年に東京大学法学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行し、外国為替、融資業務等を経験。
その後、アメリカ ダートマス大学MBAコースへの留学を経て、世界の四大経営戦略コンサルティング会社の一角を占めるブーズ・アレン・アンド・ハミルトン(現PWCストラテジー)に入社し、大手金融機関や製薬メーカーに対する経営戦略コンサルティングを担当。
その後、転じた野村アセットマネジメントでは資産運用業務を経験し、投資信託協会でデリバティブ専門委員会委員長、リスク・マネジメント専門委員会委員長を歴任。
その後、世界有数のデータベース会社であるレクシスネクシス・ジャパン株式会社の社長となり、経営計画の立案・実行、人材のマネジメント、取引先の開拓を行った。弁護士になる直前まで、世界最大の企業再生コンサルティング会社であるアリックスパートナーズに勤務し、ライブドア、JAL等の再生案件、一部上場企業の粉飾決算事件等を担当した。
2010年弁護士登録を経て南青山M’s法律会計事務所に参画し、2014年6月独立して青山東京法律事務所を開設。
現在は、銀行員、コンサルタントと経営者として蓄積したビジネス経験をビジネスマンに伝授するため、社会人大学院である名古屋商科大学経営大学院(MBA)教授として企業再生論、経営戦略論を学生に講義するほか、数社の社外取締役、監査役を務めている。過去5年間に、経営、キャリア、法律分野で精力的に出版活動を展開している。
主な著書に「きれいに死んでいくための相続の話をしよう」(KADOKAWA)、共著に「マーケットドライビング戦略」(東洋経済新報社)「企業再生プロフェッショナル」(日本経済新聞出版社)など。
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連載きれいに死ぬための相続の話をしよう~残される家族が困らないために必要な準備