「相続は争族」、最近よく聞く言葉です。多くの皆さんは、別の世界の出来事だと思っています。でもあなたが亡くなったら事情は変わります。財産は、あなたがこの世に忘れて行った落とし物になります。落し物は誰がもらえるのでしょうか。…争奪戦の幕が開きます。 ※本記事は、青山東京法律事務所の代表弁護士・植田統氏の書籍 『きれいに死ぬための相続の話をしよう 残される家族が困らないために必要な準備 』(KADOKAWA)より一部を抜粋したものです。
「とやかく言うな!」強制終了から5年たった今…
拓也さんが家に帰ると、奥さんの聖子さんは待ち構えていました。
「あなた今日はどうなったの。ちゃんとあなたの意見を通せたんでしょうね」
拓也さんは、聖子さんの剣幕に一瞬たじろぎましたが、「現金を1200万円もらえることになったから、家と土地は共有登記でOKしようと思う。静香も早く一人立ちしてそうしたら家を出ていくと言っている。その時は家と土地を売って現金にして、折半するから、その方が得じゃないか」と自分の考えを伝えました。
でも、聖子さんの怒りは収まりません。「静香さんがいつまでも一人立ちできず、家にいたらどうするの。静香さんは一生あの家に住み続けるかも知れないのよ」と。
拓也さんも、「その可能性はないとは言えない」と思いましたが、「静香を家から追い出すわけにはいかない」と思い直し、「俺のお袋からの相続なんだから、おまえはこれ以上とやかく言うな! 1200万円を頭金にしてマンションを買ってやるから!」とつい怒鳴ってしまいました。
こうして、鈴木家の相続は何とか決まりました。拓也さんは、1200万円を頭金にして、5000万円のマンションを購入、3800万円のローンを背負い込みました。
静香さんは、家に1人ですから、ゆったりと生活でき、とてもここを離れる気にはなれません。現金は600万円しか手に入りませんでしたが、派遣会社に登録して総務関係の仕事を始め、月25万円の収入を得るようになりました。友達と旅行に行ったり、コンサートに行ったり、優雅な生活を送っています。
でも、静香さんの収入では、今の優雅な生活スタイルを維持しながら、自立することは不可能です。真理子さんが亡くなってから、もう5年経ちましたが、今でも実家に住んでいます。
聖子さんは、これを見て、いらいらしています。今日も、拓也さんに、「あなた、早く静香さんに家から出て行ってもらいなさい。私の言ったとおりになったじゃないの!」と。
これが、鈴木家の相続物語です。簡単に済むと思った相続が、5年たった今でも尾を引いています。相続問題が、拓也さん夫婦のいさかいの原因になっています。
青山東京法律事務所 代表弁護士
1981年に東京大学法学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行し、外国為替、融資業務等を経験。
その後、アメリカ ダートマス大学MBAコースへの留学を経て、世界の四大経営戦略コンサルティング会社の一角を占めるブーズ・アレン・アンド・ハミルトン(現PWCストラテジー)に入社し、大手金融機関や製薬メーカーに対する経営戦略コンサルティングを担当。
その後、転じた野村アセットマネジメントでは資産運用業務を経験し、投資信託協会でデリバティブ専門委員会委員長、リスク・マネジメント専門委員会委員長を歴任。
その後、世界有数のデータベース会社であるレクシスネクシス・ジャパン株式会社の社長となり、経営計画の立案・実行、人材のマネジメント、取引先の開拓を行った。弁護士になる直前まで、世界最大の企業再生コンサルティング会社であるアリックスパートナーズに勤務し、ライブドア、JAL等の再生案件、一部上場企業の粉飾決算事件等を担当した。
2010年弁護士登録を経て南青山M’s法律会計事務所に参画し、2014年6月独立して青山東京法律事務所を開設。
現在は、銀行員、コンサルタントと経営者として蓄積したビジネス経験をビジネスマンに伝授するため、社会人大学院である名古屋商科大学経営大学院(MBA)教授として企業再生論、経営戦略論を学生に講義するほか、数社の社外取締役、監査役を務めている。過去5年間に、経営、キャリア、法律分野で精力的に出版活動を展開している。
主な著書に「きれいに死んでいくための相続の話をしよう」(KADOKAWA)、共著に「マーケットドライビング戦略」(東洋経済新報社)「企業再生プロフェッショナル」(日本経済新聞出版社)など。
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連載きれいに死ぬための相続の話をしよう~残される家族が困らないために必要な準備