「路上生活者になってしまう!」妹の悲鳴に長男は…
さらに、「遺産分割は相続人全員が同意しなければできないのだから、いざとなったら最後まで譲らなければいいのよ。そうしたら調停とか裁判とかでケリを付けることになるのよ。いくらなんでもお兄さんもそこまでやらないでしょうから、どこかで妥協するはずよ」と、弁護士ばりのアドバイスをもらいました。
そして、次の交渉の日。拓也さんが、静香さんの家、いやいや正確には真理子さんが残してくれた家を訪ねてきました。
今日の拓也さんは前回とは違って最初からハイテンションです。
「聖子とも相談したが、家と土地を売って、現金にして、折半する線は絶対譲れない。それがいやなら調停をやろう」と言い出したのです。
静香さんは、まさか兄がそこまで言い出すとは思っていませんでしたから、どう対応していいのか頭が混乱してしまいました。友人の言うように譲らないのも一つの方法ではありますが、兄の拓也さんがここまで考えているなら、これ以上突っ張っても仕方がないと思い始めたのです。
そして、静香さんは方針を変更。現金を多く譲る代わりに、共有登記と自分のこの家への居住権を認めてもらうことにしました。
静香さんが、「現金1800万円のうち、3分の2の1200万円はお兄さんにあげるわ。その代わり、共有登記と私のこの家の居住権を認めてちょうだい。私も仕事を早く見つけて、何とか一人立ちするから、それまでこの家に住まわせてちょうだい。でないと、私は路上生活者になってしまうわ!」と言うと、さすがに拓也さんも、気の毒に思ったのか、押し黙ってしまいました。
沈黙のまま、2回目の交渉も終了しました。
拓也さんは、家に帰る電車の中で、幼い頃のことを思い出していました。静香さんがいつも自分の後にくっついて遊んでいたこと、中学生になっても高校生になっても、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と言って、まとわりついて来たこと。いつも、真理子さんから、「拓也、静香の面倒みてやってね」と言われていたことを。
電車を降り家に歩いて帰る途中で、拓也さんは、「静香の案を飲んでやろう。1200万円の現金があれば、マンションの頭金になるし、将来静香が一人立ちしたら、そのとき家と土地を売って、全部現金にすればいいんだから、かえって得をするかも知れない」と考えて、家に帰ったら聖子さんに話をしようと決心しました。