若い男性職員の誘いにのった女性入居者
ホーム内でカンファレンスが始まります。とにかく、居室に籠りがちになるHさんを外に出さなければならない。しかし、さまざまな理由をつけて拒絶する彼女に対し、どうすれば外に出てもらえるかを検討します。
ある介護職員から次のような提案がありました。Hさんは居室内では多弁で、いろいろな話をされます。その話によると、若くて男臭い人が好きだと言っていました。以前働いていたホームでも、Hさんと同じような入居者がいたが、その入居者は、好みの男性から言われると素直に従っていたと言います。
次の日から、ホーム内の若手男性職員が集められました。なるべく男臭い人、武骨な人を選んで対面させます。すると、4人目の男性職員に対するHさんの対応が明らかに変わったことに気がつきました。どうやら自分の好みの男性だったようです。それから、その男性職員が出勤している時は、男性職員が食事誘導をすることになりました。すると、「そうね。あなたがそこまで言ってくれるのであれば、食堂に行こうかしら」と言って、食堂まで出て来るようになりました。
さらに、男性職員から歩く能力が残っているのだから、リハビリに通ったほうが良いと促されると、すぐに、近くの綜合病院のリハビリテーション室に通うことも決まりました。
実は、このリハビリテーションは、Hさんにとって、さらなる幸福の時間になりました。それは、理学療法士の先生の中に、好みの若い男性がいたからです。それからは、毎週2回のリハビリは至福の時となりました。
ホームからは、お気に入りの男性職員に付き添われて病院に行き、病院ではお気に入りの理学療法士の先生から施術を受けます。ひと汗かいた後、男性職員と病院内の喫茶店でお茶を飲み、談笑をした後、ホームに帰ってきます。これが毎週のリハビリ日の日課になりました。
現金なもので、心なしかHさんが居室から出てくる機会が多くなったように思えます。
しかし、皮肉なもので、よい時間は長くは続きません。お気に入りの男性職員が会社の都合で、他のホームに転勤することが決まってしまったのです。来月にも他のホームに転勤します。多くの介護職員からは、来月のHさんの行動が心配なので、何とかならないかという訴えがホーム長に上がりましたが、ホーム長からの回答は、相当がっかりすることは想像できるが、しかし、彼女一人のために、会社の決定事項を覆すことはできない、というものでした。