母一人子一人。今あるのは母親のおかげ
帰り際、長男から「時間があるようでしたらお茶でも飲んでいきませんか」と誘われ、行きつけの喫茶店に全員で行きました。長男からあらためて、母親が世話になっていることに対する謝意が述べられ、入居者との歓談が始まります。たとえ、相手が有名会社の社長であっても、たくましい老人ホームの入居者らはまったく気後れしません。自分の子供と同じ扱いで、ずけずけと話をしていきます。話をしていると、入居者二人の長男が同じ大学の先輩後輩にあたることが判明します。
次第に打ち解けた長男に、介護職員が素朴な質問をします。
「なぜ、毎日、土日も変わらずYさんに面会に来るのですか?」。すると長男は次のような話を始めました。
「早くに父を亡くし、母一人子一人の生活でした。母は私立高校の教師をしながら、私を大学院まで出してくれました。大学院卒業後、大手建設会社で主に設計の仕事をしていましたが、ある仕事が転機になり、今の設計会社に移籍しました。今の私があるのは、すべて母のお陰。母の献身的な努力の上に私がいるのです。わたしも懸命に働き、やっと母に楽をさせられるようになった矢先に、母は病に倒れ、何年も寝たきりの生活をしています。私は母に何もしてあげることができませんでした。そして、今もこれからも、何もしてあげることができない。今は、経済的に多少の余裕ができましたが、寝たきりの母は、おいしいものを食べるわけでも、綺麗な洋服を着れるわけでも、広い家に住めるわけでもありません。何もいらない生活なのです。だからせめてもの私の罪滅ぼしです。毎日母の顔を見に行くと、自分と約束をしたのです。そして母にしてあげられなかったことを、他の入居者の皆さんにしてあげることで私は満足しているのです」
次の日も、Yさんの長男はいつもの時間にホームに来ると10分程度の滞在で会社に向かいます。多くの介護職員は、長男がホームに来る日がいつまでも続くように祈るばかりでした。
小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役
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