社長の長男が毎朝10分の80歳の母との面会
■エピソード14
毎日、必ず10分の面会。会社社長の後悔と決意
Yさんは80歳の要介護5の女性。常時寝たきりで、食事が摂れないため、胃瘻で命を繋いでいます。毎朝6時30分、決まって定期的に訪問する人がいました。Yさんの長男です。長男は誰もが知る有名企業の社長。毎日、会社へ出勤する前にホームに立ち寄り、Yさんの様子を見るのが日課でした。ホームに滞在する時間はおおむね10分程度。ベッドに横になっているYさんの足や手、背中を無言でさすります。
Yさんは、時折、苦しそうに口を捻じ曲げる以外は、目をつぶっています。10分程度の滞在を終えると、長男は足早に廊下を歩き、玄関に向かいます。ホームに対し要望や伝言がある場合は、歩きながら介護職員を見つけて用件だけ言うのが、日常です。険しい顔つきですが、けっして不機嫌なわけではありません。もともと険しい顔つきなのです。その後、ホームの前に待たせている運転手付きの高級車に乗り込み、会社に向かいます。
毎年、Yさんの長男の会社では、さまざまなイベントに協賛をしています。特に、Yさんが好きだったクラッシック音楽には思いが強く、多くの音楽家の卵に対し、多額の支援と成果を披露する場を提供していました。いつものように、ホームを訪れた長男が帰り際に、介護職員を捕まえて「よかったら入居者を誘ってきてください」と言って、コンサートのチケットを渡してくれました。そのコンサートは、海外の有名ピアニストのソロコンサートです。都内でも有名なホールで上演されます。Yさんは身体の状態を考えた場合、参加はとうていできません。当然、そのことは長男も百も承知です。
当日、希望のある入居者8名と3名の介護職員合計11名でホームのマイクロバスでコンサートに向かいます。車中でYさんの長男の経営している会社の説明を行ない、コンサートを行なうピアニストの曲をCDで聴きながら会場に向かいます。長男の計らいで、2階席の一番見やすいところを用意してくれました。トイレに一番近いところです。コンサートは90分程度続き、感動の中で終わりました。