深夜オリンピック観戦する88歳の女性入居者
■エピソード7
お孫さんはテレビの人気者。いつも凜りんとし、自立していたが……
Mさんは88歳の女性。自立の高齢者です。誰の目にも「きっと、若かった時は、さぞかし美人だったんだろう」と想像がつくような高齢者です。ご主人は、上場企業の元社長。10年前に病気で他界しています。最近の彼女の密かな自慢は、お孫さんのこと。なんとこのお孫さんは、タレントとしてテレビや映画などで活躍しているのです。居室には写真が飾ってあります。彼の容貌はきっとMさん譲りなのでしょう。
自立の高齢者なので、普段は、われわれ介護職員とはあまり接触はありません。特に、Mさんの場合は、ご本人の希望もあり、自分のことは自分でやりたい、介護職員からの支援は受けたくない、ということもあって、介護職員のかかわりは、原則「見守り」だけになります。平たく言えば、ホームの入居者というよりは、同居人のような存在です。さらには、職員と入居者とのトラブルがあると、見るに見かねて、仲裁に入ってくれたり、忙しい職員を見かけると「このおばあちゃんは、私が見ているから、あなたは仕事を続けなさい」と言って、介護を代わってくれたりします。
彼女は多くの職員に「わたしも年を取ったらあなたのようになりたいわ」と言わせるような人でした。よく目にする光景は、食堂などで自立の入居者が認知症の入居者に対し「うるさい」「わめくな」「静かにできないのか」と罵っている姿を見かけると、「明日はわが身ですよ。このおばあんちゃんも好きで病気になったわけではないのだから。私たちは運よく病気になっていないだけではないのですか?」と言って入居者を諭してくれます。いつもいつも、自分のスタイルを持ち、当然、介護職員に非があるときは、介護職員に対しても容赦なく注意が飛んできます。
ある日のこと、看護師に介護職員が招集されました。看護師が話を始めます。夏季オリンピックが始まっていました。時差があり、深夜に生放送でオリンピックがテレビ放映されています。「Mさんはオリンピックが好きなようで、深夜にテレビを見ていて、その影響で、朝食を摂らずに昼頃まで寝ています。健康管理に責任を持っている自分としては、昼夜逆転はよくないことだと判断している。
元気だからといっても、88歳の高齢者。高血圧でもあり、最近の健診でも主治医から心臓もよくないと言われている。ついては、介護職員の方から深夜のオリンピック観戦は止めるように言ってほしい。昼間、再放送はあるし、必要があれば録画をするなど対応できるはずだ」という指示でした。話し合いの結果、私が代表して彼女にテレビ観戦を止めるように言うことになりました。