元うどん屋店主の日課は缶コーヒーのお土産
■エピソード4
元有名うどん店の経営者。その繁盛店の秘訣と!?
Dさんは有名うどん店のご主人です。実のお子様はなく、養子縁組されたご夫婦が後見人として面倒を見ています。現在95歳の男性で、身体は健康、多少の認知症状はあるものの、年相応程度のものであり、自立の高齢者に属するというのがホームの評価です。
しかし、ご本人の希望で常時車椅子に乗っています。そんなDさんが、いつものように車椅子を自分で器用に操りながら、事務室にやってきました。膝の上には、これまたいつものように大きな段ボール箱が乗っています。「これ職員の皆さんで」と言って、膝の上の段ボール箱を職員に手渡します。職員もいつものように、「Dさん、いつもありがとう」と言って、受け取ります。この箱の中身は缶コーヒーです。毎週、養子縁組して店の身代を譲ったお子さんに言って送ってもらっています。職員がこの贈り物を受け取らないと、非常に不機嫌になるため、職員はひとまず素直に受け取り、後日、お子さまが来た時に返しています。つまり、この缶コーヒーは、彼と職員との間を宅配便で行ったり来たりしているということになるのです。
以前、私がDさんの病院受診に同行した時の話です。私が車中で次のような質問をしたことがあります。
「あなたは有名なうどん店を何軒も経営し、多くのお弟子さんにのれん分けしています。うどんのおいしい作り方、コツを教えてください?」
「おいしい作り方なんて、特にないよ」とDさん。私は何とか自分が欲する解答を得ようと食い下がります。
「うどんはやっぱり麺ですか? 腰が強くて、弾力があって……。きっと麺作りは大変だったんでしょうね」
「大変じゃないよ。注文すると業者が持ってきてくれるから」
「麺は専門業者に依頼していたんですか。それでは出汁を工夫していたのですか?」
「してないよ。頼めば業者が持ってきてくれるから」
「てんぷらは? 付け合わせの煮物は?」
「全部業者が持ってきてくれるんだよ」
「それじゃあ、いったいお店で何をやっていたんですか」
「お客さんがどんな顔をして食べているかと、食べ残しがどのくらいあるのかを見ていただけ。それとそろばんかな」