元うどん屋店主の嫌いな食べ物は「麺類」
お子様やお弟子さんらも、最後は本人の好きなようにしてほしいと言い、ホームでの看取りになりました。といっても、湿っぽく、暗くなることはありません。看護師からは、元気そうに見えても、いつ息を引き取ってもおかしくない状態なので、訪室数を増やし、声掛けを強化してほしいと介護に要請があります。
一カ月後、多くの職員がまったく予期していない早朝、彼は自室でひっそりと息を引き取りました。訪室した介護職員がベッドで寝ている彼が息をしていないことに気がつきました。連絡を受けて近隣に住む看護師が飛んできました。いつかはと思っていましたが、最近、元気を取り戻し、鋼の心臓の持ち主とまで評価されたDさんだったので、全職員、驚きを隠せません。中には、Dさんて看取りだったっけ、などと言う職員までいたありさまでした。看護師から身体を丁寧に拭かれ、寝る前に自分で外していた入れ歯を入れ直し、いつものような「うどん屋のおやじ」の顔でベッドに寝ています。
「ありがとうね。缶コーヒー持って行って」。そんな声が、職員には聞こえていたのではないでしょうか。
最後にDさんの嫌いな食べ物は「麺類」だったということを記しておきたいと思います。彼の食札には赤い文字で大きく「麺禁」の2文字が明確に記されていました。
小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役