90歳になっても、自分の足で歩きたいのか?
「自立支援」。介護業界でよく聞く言葉です。最近では、多くの老人ホームで入居者の日常生活動作の改善に取り組んでいます。わかりやすく言うと、常時寝たきりの高齢者を少しでも起こす介護、常時車いすが必要な高齢者に少しでも車いすで過ごす時間を減らすようにする介護の取り組みです。
常時オムツを装着している高齢者に対し、「オムツ外し」といって、トイレでの排泄を実践しているホームもあります。
私は、このような取り組み自体に苦言を呈するつもりはありません。しかし、その運用方法には、以前から疑問を持っています。医療の下請けとして医療保険に倣う形で介護保険制度は誕生しました。そういう背景を考えると、医療と同じように「治す」「改善する」ということを介護支援にも求めるという考えには、一定の理解を示すことができます。
しかし、よく考えてみなければならないのは、病院と老人ホームでは、入院(入居)している本人や家族の目的そのものが、大きく違うということです。
多くの場合、病院に入院している患者やその家族は、早く良くなって一日も早く退院することを望んでいます。病院側もベッド数や医師や看護師の仕事量が限られていますから、早く治って退院してもらい、次の患者(困っている人)を受け入れます。そうすることが、社会の中での自分たちの役割だと理解しているはずです。
しかし、老人ホームの場合は、そのあたりの立場や考え方が違います。多くの入居者やその家族は終の棲家として入居をしている関係で、早く良くなって退去しなければならないとは考えていません。むしろ、家族の中には退去されては困るという立場の方も一定数いることと思います。
老人ホーム側は、一日でも長くホームで暮らしてもらいたいという前提でホーム運営の事業計画を立てていますから、「良くなって退去してもらっては困る」というのが本音だと思います。
つまり、老人ホームとは病院ではないので、病気を治すところではなく、認知症などの病気であっても、安楽に安全に、そして快適に暮らしていくことができるところであると、理解をするべきなのです。
極論を言ってしまえば、自分の足でいつまでも歩き続けたいという気持ちは、各自の自由な考えによるものです。それを自分の足で歩かなければならない(自分の足で歩くことが当然の人としての常識である)と考えるのは、まさに病院的な発想であると言えます。
老人ホームの場合は、たとえ自分の足で歩くことができなくても、安心して暮らしていける環境が整備され、それに対するサポート体制がしっかりしている「場所」として認知されていくべきだと、私は考えています。