いい老人ホームだと近所で評判だったのに、入居したら酷い目に遭った――。老人ホーム選びでは口コミがまるで頼りにならないのはなぜか。それは、そのホームに合うか合わないかは人によって全く違うから。複数の施設で介護の仕事をし、現在は日本最大級の老人ホーム紹介センター「みんかい」を運営する著者は、老人ホームのすべてを知る第一人者。その著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。

食事は自力で? それとも楽なやり方で?

皆さんは食事について、どう考えていますか? たとえば、手に麻痺があり、上手に食事をとることができない入居者には食事介助を行ない、安楽に食べさせてあげたいと思うでしょうか?たしかに、安楽に食べさせてあげることに対し、否定的なことを言う人はいないと思います。しかし、介護には「笑顔で首を絞めて殺す」という言葉があります。これは、介護の必要な高齢者に対し、何でもかんでもやってあげるという行為は、本人のためにはならない、ということを示している言葉です。

 

食事のケースでも、時間に制約が無いのであれば、そして本人の意思が自力摂取を望んでいるのであれば、どのような食べ方であっても自力で食べるということが尊重されなければなりません。

 

小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)
小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)

手を貸すという行為は、一見、親切なように見えますが、実は本人に残された残存機能の消滅に手を貸す悪魔の行為、という解釈もできるのです。

 

逆に、常時介護職員がいるのだから、食事は楽に取りたい、取らせてあげたい、と考えることも当たり前の欲求です。

 

つまり、食事一つをとっても、手伝う流派と手伝わない流派に分かれ、そして、その流派の下で介護方針が決まっていくというのが、老人ホームの介護サービスなのです。

 

皆さんは、もし自分がそのような立場になった時には、介助を受けて食べさせてもらいたいでしょうか?それとも、どのような無様な格好になったとしても自力で食べることを選ぶでしょうか?

 

その昔、アメリカの介護施設(ナーシングホーム)に行った時の話です。その施設は広大な敷地に自立している高齢者用シニア住宅からターミナルケアを専門に行なうナーシングホームまで、さまざまな状態に対応する施設が並んで建っていました。その中の一つの施設で昼食時に私が見た光景は、次のようなものでした。手の悪い高齢の男性が、スプーンを使わず手づかみで食事をしていました。手が不自由なため、スプーンが上手く使えず、手づかみで食べていたのです。その食事のありさまは、私にとって衝撃的でした。

 

テーブルいっぱいに食べ物をこぼし、ゼイゼイと肩で息をし、必死の形相で食事をしています。私は、近くにいたホームのスタッフに「なぜ、職員は彼の食事介助をしないのか」と尋ねたところ、その職員はこう答えました。

 

「このホームは、身の回りのことをすべて自分一人でできる人専用のホームです。食事介助が必要な場合は、隣りの介護用ホームに移ってもらう決まりになっています。が、彼はそれを拒否しています。したがって、彼がこのホームにいるためには、身の回りのことをすべて自分でやらなければなりません」

 

この話を聞いて、ひどい話だ、残酷だ、と考える方も多くいると思います。しかし、これは当の本人の希望であり、本人が望んで行なっていることなのです。

次ページ食事介助で介護の本質に触れることが
誰も書かなかった老人ホーム

誰も書かなかった老人ホーム

小嶋 勝利

祥伝社新書

老人ホームに入ったほうがいいのか? 入るとすればどのホームがいいのか? そもそも老人ホームは種類が多すぎてどういう区別なのかわからない。お金をかければかけただけのことはあるのか? 老人ホームに合う人と合わない人が…

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