介護は誰にでもできるもの、だから介護は難しい
結論から言えば、ホテルを老人ホームに転用するのは、断念せざるをえない事態になってしまったのです。ホテリエに介護技術を習得させるべく研修の準備に入ったところ、あるホテリエから次のような素朴な疑問が投げかけられました。
「私たちは、お客様から要望や、リクエストがあった場合に限り、どう対処すればお客様に満足していただけるのかを考え、提案をするようにと、躾られています。しかし、お客様からリクエストをいただかなければ、自らの憶測で勝手に行動を起こすことはありません。なぜなら、ホテルとは、さまざまな事情やいきさつを持ったお客様が利用するところであり、余計なお世話をしたことによって、逆にお客様に迷惑をかけてしまうことにもなるからです。
困っているような素振りを確認したとしても、その周辺状況を即座に判断し、場合によっては、あえて放っておくこと。これもホテリエの立派なホスピタリティ。そういうことだと私たちは理解していました」
これを聞いて、介護職員に求められているホスピタリティとホテリエに染みついているホスピタリティとは〝似て非なるもの〟、ということがわかりました。こうして、経営者の発案した、元ホテリエの介護職員による究極の介護サービスを、の目論見は頓挫してしまいました。
介護という仕事は、医療機関やホテルと違い、その気になれば、今日からでも、誰にでもできる仕事です。もともと、人が生きていくために必要な生活支援です。乱暴な言い方をすれば、社会の中で自立した生活をしてきている人であれば、誰にでも明日からできる仕事です。
介護福祉士などの介護系の国家資格に注目が集まるようになったのは、ごく最近のことです。現場ではまだまだ、資格があるから優秀な介護職員だという認識は、確立されているとは言えません。
だからこそ、医療機関のように、指示や命令だけで職員の行動をコントロールすることはできません。最近では、業務マニュアルを重要視している老人ホームも多く出現していますが、どんな立派な業務マニュアルがあったとしても、介護サービスの提供は人の手や声を媒体として、人の「心」が行なうものです。ですから介護とは介護職員各自の感性や判断、つまり介護職員の人間性にかかっていると言っても過言ではありません。