いい老人ホームだと近所で評判だったのに、入居したら酷い目に遭った――。老人ホーム選びでは口コミがまるで頼りにならないのはなぜか。それは、そのホームに合うか合わないかは人によって全く違うから。複数の施設で介護の仕事をし、現在は日本最大級の老人ホーム紹介センター「みんかい」を運営する著者は、老人ホームのすべてを知る第一人者。その著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。

十分な月額費用の負担ができなかった悲劇

以前、こんな話がニュースが世間を騒がせていました。東京都のある区内の医療法人が経営している老人ホームで、多くの入居者が日常的にベッドに縛られて生活していることが発覚しました。いわゆる虐待です。区が立ち入り検査を行なったところ、100人近くの認知症入居者が徘徊をして危ないからという理由で、職員が手薄な時間帯を中心にベッドに縛りつけていた事実が認められたということでした。

 

区の介護保険担当者はきわめて遺憾だというコメントを発表していましたが、その後新たな事実が判明しました。多くの入居者は区内にある都営住宅の住人であり、「老々世帯」でもありました。テレビの取材を受けていた入居者のご主人は、おそらく80代の男性だったと記憶していますが、その老人ホームに対し感謝の言葉しか出てきませんでした。

 

多くの入居者が日常的にベッドに縛られていたケースも。(※写真はイメージです/PIXTA)
多くの入居者が日常的にベッドに縛られていたケースも。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

もちろん、奥さまが縛られていることは承知していたようです。しかし、問題の老人ホームが無ければ、今頃この団地から二人で飛び降りて自殺をしていたはずだと話していたことが、印象的でした。後日、区の介護保険担当者がテレビの取材に応じ、入居者の家族からホームに対する苦情はなく、逆に当該ホームが廃止になってしまった場合、自分たちはどうすればよいのかという心配が寄せられている、という事実を公表しています。

 

この事案の根幹は、お金の問題です。お金がまったくなければ生活保護という選択肢があるのでしょうが、中途半端な年金や資産があるような場合、老後の生活は健康でいられなくなったら終わり、ということです。夫婦で毎月の年金が15万円だった場合、二人とも健康だった場合はなんとかなると思いますが、この男性のように奥さまが認知症になり、とても自宅では面倒を見ることができないという状況になったら、施設に入居させる以外に方法はありません。しかし、当時は特養も待機者が多く、制度を熟知していなければ入居することも難しい状況でもあり、その結果、利用料の安い民間企業が運営するホームに入居をする以外に方法はなかったということなのです。

 

運営事業者は、通常、その地域の経済的事情、介護事情に見合ったホームを運営するものです。数値的なことが無くても、長年そこで商売をしているような場合、地域の特性は理解しています。この医療法人もこの地域の特性を理解し低所得者が多く存在している地域なので、低価格なホームにニーズがあると考えたのだと思います。当然低価格でホーム運営をしていくためには、一番費用のかかる人件費を抑制することが一般的です。さらに、次に費用のかかる建物や設備費を抑えることが重要であるということは、当然の成り行きではないでしょうか。

 

身体拘束をしなければならなかったのは、職員が少なかったということなのです。その後、このホームがどうなってしまったのかを私は確認していませんが、この事実が教えてくれたことは2つあります。

 

1つは社会通念上「いかがなものか」と言われていることであっても、そのサービスに感謝し、現実に助かっている人がいるという事実。2つ目は、介護はやはりお金の問題だということです。取材に応じたこの高齢者も、もしあと5万円、いや3万円の月額費用の捻出が毎月できれば、地域の一般的な有料老人ホームに入居することができたはずなのです。

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誰も書かなかった老人ホーム

誰も書かなかった老人ホーム

小嶋 勝利

祥伝社新書

老人ホームに入ったほうがいいのか? 入るとすればどのホームがいいのか? そもそも老人ホームは種類が多すぎてどういう区別なのかわからない。お金をかければかけただけのことはあるのか? 老人ホームに合う人と合わない人が…

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