大阪・築60年以上の建物に暮らす杉山二郎さん(83歳)。月5万円の家賃を滞納し続け、その額は200万円にまで膨れ上がっていた。耐えかねた家主が強制執行の催告をしたものの、ドアを開けば「帰れ!」の一点張り。連帯保証人である二郎さんの兄は「勘弁してくれ」と取りつく島もない。八方塞りの状態が続く中、役所の担当者から一本の連絡が届いた。※章(あや)司法書士事務所代表・太田垣章子氏の書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より一部を抜粋し、高齢者の賃貸トラブルの実態に迫っていく。

悲痛「お兄さんが身元保証人になってくれれば…」

しばらく黙っていた家主が、絞り出すような声で言いました。

 

「お金の件なんですが……。現金もあったので、二郎さんからいただくこともできるのでしょうが、僕としては連帯保証人さんに払っていただきたいです。高齢で関わりたくなかったのかもしれませんが、僕たちは身内でもないのに施設探したり、本当に大変だったじゃないですか。お兄さんが身元保証人になってくれれば、もっと早くに解決したのは事実だし。これ法律の話というよりは、放っておけないという情で動いていた所の方が多いですよね。実際のところ、あの状態で放っておけなかったし。だからあの弁護士に請求してください。連帯保証人に請求するのは、法律の話ですよね」

 

家主の気持ちは、痛いほど分かりました。

 

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ひとつ目の施設がダメになったとき、私たちの落胆は、絶望に近いものでした。いくら動いても、身内でないからできない部分がたくさんありました。だからやっと見つかった施設だったのに……と。

 

もし代理人に「協力したいのだが、兄弟でいろんな感情があるようです。ご理解いただけないか」、そう言われたら、私たちも納得できたと思います。何と言っても、杉山さんも86歳。弟さんどころではないことも、十二分に理解できます。

 

ただ法律とかそんなこと取っ払って、そもそも滞納している二郎さんのために何とかしなければと動き回っていた私たちからすると「法律家だから法律の話しかしません」という対応は、出口を封じられたような気までしたのです。

 

代理人として、依頼者を守るための言葉だったかもしれません。ただ「何とかしなければ」の思いだけで動いていた私たちは、谷底に突き落とされたような思いを全員が味わっていたのです。

 

だから家主の意向を尊重することにしました。

 

代理人には二郎さんが施設に入所し、明け渡しが完了したことの報告と、滞納額、強制執行にかかった費用全額を書面にて請求しました。

 

書面を送って1週間ほど経ったでしょうか。代理人から電話がありました。

 

「金額をまけてくれないか」

 

私たちに対する労いの言葉は、一言もありませんでした。高額の支払いを負担する杉山さんのことを思うと胸が痛くなりましたが、やはりここは譲れません。

 

「先生は法律の話しかしませんとおっしゃいました。これは法的な請求なので、全額お振り込みください」

 

支払った後は、二郎さんに請求するのでしょう。代理人から二郎さんの住所や資産状況も聞かれましたが、「お調べください」と私は答えませんでした。そして請求額全額が振り込まれて、すべては終了したのです。

 

次ページ:1週間後、施設に入居した二郎さんを見に行くと…

 

老後に住める家がない!

老後に住める家がない!

太田垣 章子

ポプラ社

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