4畳ほどの小さな部屋に、一人の老人が住んでいた
高齢者になると頼れるのは「お金だけ」と思うのか、私の叔母はお金をティッシュに包んでどこかに隠してしまい「泥棒に入られた」と大騒ぎを繰り返していました。そんな叔母は若い頃、びっくりするくらいお金に頓着しない人でした。
70歳を過ぎ、家中にお金を隠し、外出しても財布にお金が入っているのに出さない、いつもお金でトラブルになる、そんな叔母になってしまったのです。当時まだ若かった私はその真意が分からず、歳をとると人は性格が変わるのかな、その程度にしか考えていませんでした。
ところが賃貸トラブルの現場に身を置くようになると、ここで出会う高齢者も叔母との共通点がたくさんあります。お金があるのにお金を出さなかったり、お金のコントロールができていなかったり。日本人は長くお金の管理を人に任せるということをせずにきた文化がありますが、これには限界があるのではないかと思うようになりました。
年金だけでは、老後を過ごせない時代。2000万円問題が、世間を震撼させました。社会保障額はどんどん増える中、ますます高齢者は急増していきます。しかもこれからは高度成長を経験した高齢者と違い、資産をさして持たないグループの増加です。
滞納している高齢者と話をすると、解決策を見つけられず出口のない迷路に入り込んでしまった気になってしまうのです。
◆預金があるのに家賃を払わない高齢者
「今にも崩れ落ちそうだから、建物を取り壊したいのよ」
相談に来られた家主は、大阪の中心地にある築60年以上経つ建物を、相続で引き継いだ所有者でした。
大阪のど真ん中を走る6車線もある大きな道路は、両側にオフィスビルが並びます。そこから50メートルほど中に入ったところに、ひっそりとたたずむ大昔の下宿スタイルの建物が、問題の物件でした。
靴は玄関で脱ぎ、靴棚に置きます。入ってすぐ廊下の右側に広い食堂があって、ここで昔はご飯まで提供されていたのでしょうか。夢を語りながら、食後には麻雀をしたのでしょう。埃を被って画が見えなくなった麻雀のパイが転がっています。
細い薄暗い廊下を進むと、食堂奥側に共同の洗面所とトイレ。風呂場はありません。そもそもこんな大阪のオフィス街のど真ん中に、まだ銭湯というものが存在しているのでしょうか。洗面所は学校の手洗い場のように鏡が蛇口の上に貼られていますが、曇りすぎて鏡の役目は果たしていません。廃校になった小学校のイメージです。
洗面所を通り過ぎてやっと廊下を挟むように、4畳もないほどの小さな部屋が6つ並びます。各部屋のドアも引き戸になっていて、狭い廊下がドアで塞がれないようになっていました。
足早に行き交うビジネスマンが溢れる街中に、この建物だけが時間が止まったように昭和の名残を漂わせています。ここに、たった一人の高齢者が住んでいます。