千葉の理容店…80代の夫婦が家賃300万円超を滞納
◆理容店の閉店
千葉の中心からずいぶん離れた駅のすぐ前に、50年以上夫婦で営んでいる理容店がありました。
古い町並みではありますが、若い人も移住してきて、少し活気がでてきたエリアです。理容店の物件は、自宅兼店舗。底地はトータル約40坪の広さで、駅前のいい位置を押さえていました。
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新宿に住む家主は、この理容店の滞納に頭を抱えていました。店舗と住居、合わせて家賃9万円。駅前にしては破格値ですが、時代の流れで値上げせずにきてしまったのです。それなのにここ数年滞納気味になり、すでにその額は300万円を超えようとしていました。
なぜここまで滞納額が、増えていってしまったのでしょう。
場所的なことが、理由のひとつでした。理容店という商売をしている関係上、督促の電話をしても「忙しいから」と対応してもらえず、かと言って新宿から2時間近くの時間をかけて督促に行くのも憚られたのです。管理会社に管理を任せる方法もあったのですが、今までずっと自主管理をしていたのでそのままになってしまっていました。
賃借人の夫婦もすでに80代。家主も同じような年齢で、お互いがのらりくらりしている間に月日が経ってしまったということでしょう。もはや当事者では解決できそうになく、訴訟をしてくれとご依頼がありました。
滞納を認めた店主「俺たちに首くくれって言うの?」
まずは内容証明郵便で契約解除になるように滞納額を督促したのですが、賃借人は受け取りません。お店ですから、わざと受け取らない姿勢を示しているとしか考えられません。郵便ポストに投函したという体を得たかったので、同じ内容の特定記録を送りながら、ひとまず現地に行ってみました。
千葉のかなりの田舎に位置していますが、駅前は少し賑わっていました。その中で、ひときわ異質の古めかしいオーラを放っていたのが、問題の物件でした。
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古い平家の建物で、住居部分は波形スレートの壁。まさに昭和の倉庫のようにも見えます。店舗部分は道に面したところだけタイルのようなものが貼られていますが、それもところどころ剥がれて落ちています。店舗の入り口横には、理容店の代名詞とも言える赤白青のサインポールが回っていました。
外から覗いてみると、店舗に客はいません。賃借人のご主人が、理容椅子で寝ています。見るからに古そうな店構えでもありました。これでは若い客は来ないでしょう。50年以上営業しているので、この店とともに歳を重ねた近所の高齢者が散髪に来る程度だと思います。家賃が滞納されるのも、納得できる気がしました。
中に入ると、店主は椅子から頭を上げて、怪訝そうな顔でこちらを見ます。
「なに?」
家主の代理人であることや、内容証明郵便を受け取っていただいていないことをお伝えすると、明らかに不機嫌そうな顔です。
「で、どういう用件?」
滞納している事実があるか確認すると、
「滞納しているけどさ……」
それが何か?と言わんばかりの横柄さでした。なんでしょう、この雰囲気は。滞納している理由が、家主側にあるとでも言いたいのでしょうか。
「見てのとおり、客が来ないから滞納になっても仕方ないでしょう」
話になりませんでした。高齢者だし、長年お住まいいただいている賃借人なので敬意を表したいと思っていましたが、こんな態度なら家主が督促から遠ざかってしまったのも分かる気がします。
「滞納されているので、ご退去いただきたいんです。訴訟は提起しますが、任意にご退去いただけるご意向はありますか?」
「俺たちに首くくれって言うの?」
そんなことは一言も言っていませんが、前向きな話はできそうにありませんでした。
「次のお住まいを探されるなら、お手伝いいたします。ご希望をおっしゃってください」
「店舗付き住宅。駅近、家賃3万円で」
明らかにそんな物件は不可能です。
「長年お仕事されてこられていますが、そろそろ引退されるというお考えはないですか? 次にお探しになられる物件は、居住用でないと厳しいと思います」
すると店主は、声を荒らげます。
「年金ないから、働いてるんや」
なるほど、そういうことなら生活保護の申請も必要かもしれません。サポートを申し入れましたが、「帰れ」と店から追い出されてしまいました。
家主は大激怒「こんな腹が立つ書面ってありますか!」
年齢的なこともあって、できるだけサポートして任意退去をと思いましたが、話し合いができない以上、訴訟手続きで進めるしかありませんでした。訴訟を提起したのと前後して、弁護士から破産の受任通知が家主に届きました。
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「こんな腹が立つ書面ってありますか! まるでこちらが悪質な督促をしているみたいじゃないですか。気を遣って督促もできなかったほどなのに。こんな後ろ足で砂かけるような奴、もう許せません」
家主が憤慨するのも、分からなくはありません。受任通知は定型の貸金業宛ての様式で、受け取った方は威圧感を覚えてしまうのです。
「家賃払わんと、こんな書面まで送ってきやがって。被害者はこっちや」
家主の怒りは、収まりそうにありません。代理人の先生が建物明渡等請求事件のことを把握された上での話かどうか分からなかったので、私の方から電話をしてみました。
その方は、訴訟の方はご存じなかったようです。300万円以上の滞納で、退去してもらえずに迷惑している旨をお伝えすると、急に恐縮された対応となりました。悪い先生ではなさそうです。
「破産もされるというなら、こちらは1日も早く荷物を完全撤去して、任意退去していただきたいです」
そうお伝えすると、自身が責任を持って期日までに退去させます、と約束してくれました。訴訟での明け渡しが早いのか、それとも任意退去が早いのか、どちらにしても明け渡しは時間の問題となりました。
「転居して生活保護を受給」安堵したのもつかの間…
裁判の期日前に、先生の方から次のところが見つかって転居したとの連絡を受けました。近くの市営住宅のようです。自営で国民年金をかけておらず、貯金もほとんどないようで、生活保護を受給するとのことでした。
ご夫婦も若いときには、それなりに稼いでいた時期もあったと思います。その頃の貯金を、晩年に食いつぶしてしまったということでしょうか。お店を閉められなかったのも、開けてさえいれば日銭が入るからかもしれません。サラリーマンは望まなくても定年という制度がありますが、自営の場合には自分で幕引きをしなければなりません。
80代の理容師夫婦。人生の最後に破産だなんて、ちょっと寂しい幕引きです。もっと他にやりようはなかったのでしょうか。
怒っていた家主ですら切ない気持ちになっていましたが、それでも強制執行等で明け渡しではなく任意に退去してもらえたことには感謝。とりあえず良かったか、なんて話し合いながら退去後の物件を見に行きました。
ところが明け渡された現地に行ってみると、そんな思いは吹き飛びました。二人で顔を見合わせて、怒りで血圧が急上昇です。
なんと賃借人夫婦、本当に必要な物だけを持って夜逃げみたいな退去をしたのです。押し入れの中には、古い布団がぎっしり。食卓の上には、退去前に食べた皿がそのままです。部屋の中は、ゴミと脱ぎ捨てた服が重なり合っています。箪笥の中も、物がぎっしり。
お店の方に回ってみると、こちらも何もかもが残されています。商売道具だったハサミもカミソリもそのまま。使い終わったタオルも、そのまま放置です。生乾きの状態で、悪臭が漂っていました。床にも短い毛が落ちたままです。散髪を施して、床を掃くこともなく退去したのでしょう。
建物の外側にも、車が入りそうなくらい大きな物置があって、その中にも物がぎっしり。必要な物を探した後なのか、物が散乱していました。明け渡したというよりは、立ち去ったという感じです。
これには家主もカンカン。
「これって明け渡しと言えるんですか? 立つ鳥跡を濁さずという言葉を知らないんですかね。ほんと頭にきます! 代理人はどうなっているんですか。確認すらしていないというなら、言語道断。確認しても知らん顔というなら、本人のみならず、代理人も許せません」
家主の怒りは、ごもっともです。
弁護士の先生に連絡をしてみると、先生もご存じなかったようでした。鍵が事務所に送られてきたので、退去の確認もせず、そのままうちの事務所に送ったようでした。見てらっしゃらないということだったので、主だったところを写真に撮ってメールしたら、すぐにお詫びの電話も来ました。
物が入っている棚や押し入れ、物置には、すべて「処分してください」の張り紙はしてありますが、いったいこの処分にいくらかかると思っているのでしょう。家賃ですら破産手続きを取るということで、家主には1円も入ってきません。ある程度自分たちでゴミを捨て、どうしようもなく残ってしまった物を「お願いします」ということなら、まだ納得もします。しかしながら状況を見ると、荷物を整理したり片付けた形跡はなく、とにかく必要な物を持って出た、ただそれだけのようでした。
夜逃げさながらの物件…後始末は、家主がする羽目に
「僕が依頼者と荷物を片付けますので、2週間ほどいただけますか?」
写真をご覧になった弁護士の先生も、この荷物を老夫婦だけではとてもじゃないけれど片付けられないと思われたようです。自分も確認していなかったのは悪かったので、一緒に作業しますということでした。
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片付けなかった老夫婦がいけないのですが、家主の怒りも冷めやらず、先生にも協力をしていただくことになりました。
50年以上住み、理容店を営んでいた荷物や備品の数は、半端ではない量だったようで、先生は2週の週末をすべて片付けに費やし、また平日も粗大ごみを出しに現地に通ったりと奮闘したようです。老夫婦にお金がないので、可能な限り自分たちで処分して、残った分は業者に引き取ってもらいました。若い先生なので頑張ってくれましたが、もし先生が片付けてくれなければ、この費用も結局家主の負担になってしまいます。
長いこと住んでいただけることは光栄なことでしょうが、その分賃借人は歳を重ね、荷物はどんどん増え、そして高齢者本人では身動きできなくなります。
「片付けようと思ってはいるけれど、もう体がついてこない」ということでしょうか。荷物の片付けを入居者任せにしていると、結局家主が処分費用すら負担することにもなりかねません。滞納賃料を払ってもらえないだけでも痛手なのに、荷物の負担まで背負わされるとなると、たまったもんじゃありません。それを避けるためにも早い段階で話し合ったり、断捨離を手伝ったり、そんなサポートも必要な時代かもしれません。
弁護士の先生は「これから高齢者の依頼には、もっと慎重になります」と苦笑いされていました。まさかご自身が、依頼者のゴミの処分を手伝うことになるだなんて、思いもしていなかったはずです。
自営業の幕引き。これから大きな社会問題になりそうです。
<同連載>
太田垣 章子
章(あや)司法書士事務所代表/司法書士