ブラジルにおける新型コロナウィルスの拡大に関連する法的論点

本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『中南米ニューズレター(2020/3/27号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

1. はじめに

※本ニューズレターは、2020年3月25日までに入手した情報に基づいて執筆しております。

 

新型コロナウィルスの感染例に関する情報は日々世界中で更新されていますが、ブラジルにおいても、2020年2月25日に最初の事案が診断された後、爆発的に感染例が増加しており、かかる感染例の急激な増加に伴い、コロナ禍の拡大に対する法律上、行政上の対応が急速に進められるとともに、法律実務上の議論も活発化しています。

 

ブラジル政府は、2020年2月6日、新型コロナウィルスに起因する公衆衛生上の緊急事態に対処するための措置を定めた法律2020年第13,979号を制定しました。同法により、厚生大臣は、感染者に対する隔離、検疫、強制検査や高速道路、港湾、空港等における出入国の例外的かつ一時的な制限等の措置を決定することができることとなりました。但し、同法は、政府が採る措置は、科学的な証拠に基づいて決定されなければならず、かつ、公衆衛生の増進及び保全のために必要最小限の時間と空間に限定されなければならないと定めています。

 

また、2020年3月12日に厚生大臣が公表した規則により、隔離は14日間を限度とし、かつ、必要な場合にはさらに同じ期間延長することができるものとされました。検疫については、管轄の衛生局長の行政処分により承認され、かつ、影響を受ける市民に広く公表された場合に限り、40日間を限度として実施することができるものとされています。

 

さらに、同月17日にはサンパウロ市長が緊急事態宣言をしたほか、同月20日には連邦政府が非常事態を宣言するなどしています。

 

ブラジルにおいて事業を展開する日本企業は、同国における新型コロナウィルスの影響に注視されているものと思われますが、本稿においては、本稿執筆時点で入手できた情報を基にブラジルにおいてコロナ禍がもたらす法的論点について概説します。

 

3月17日、サンパウロで緊急事態宣言が発表された
3月17日、サンパウロで緊急事態宣言が発表された

2. 労働法

2020年3月22日、ボルソナロ大統領が労働法上のルールに暫定的な変更を加える2020年暫定措置令第927号(以下「暫定措置令第927号」といいます)を公布しました。暫定措置令第927号は、新型コロナウィルスの拡大がブラジル統一労働法第501条に定める不可抗力事項(force majeure event)を構成するものとみなされる旨規定し、不可抗力が継続するまでの間(暫定措置令第927号上、2020年12月31日までと規定されています)、雇用企業は従業員の賃金を最大25%(但し、最低賃金を下回らない範囲で)削減することができるものとされています。

 

また、暫定措置令第927号上、雇用企業及び従業員は、一時解雇せず労働関係を維持するための特別な労働条件について合意できるものとされており、かかる合意は、法令、他の個別の労働契約、労働協約等の定めに優先するものとされています。

 

かかる雇用企業及び従業員の個別合意による友好的な対応方法に加え、暫定措置令第927号により雇用企業は以下のような選択肢を与えられています。

 

(1)雇用企業は、従業員に対し、48時間の事前通知により従業員の就業形態をテレワークに変更できることになりました。テレワークは2017年の労働法改革で初めて明文化されましたが、かかる改正後の統一労働法上、①テレワーク制を採用するためには従業員の業務を記載した個別の契約を締結しなければならない、②出社制とテレワーク制は雇用企業と従業員の合意により変更できるが、テレワーク制から出社制への変更については、15日間の事前通知により雇用企業から変更できるといった規制が存在します。暫定措置令第927号により、雇用企業は、従業員と個別の契約を締結することなくテレワーク制度を採用することができることとなりました。

 

(2)雇用企業は、従業員に対し、48時間の事前通知により強制的に有給休暇を取得させることができることになりました。統一労働法上、年次有給休暇の時期は雇用企業が決定し、30日前に従業員に対し書面で通知する必要があるとされていますが、かかる事前通知の期間が短縮されることとなりました。また、統一労働法上、従業員が休暇を取得する権利は、採用日から12ヵ月後に発生することとされていますが、上記の強制休暇は、12ヵ月間の経過前であっても取得させることができるとされています。また、雇用企業と従業員は、将来の休暇(休暇取得の権利が未発生のものを含みます)の取得時期を書面による合意で定めることができることとされました。暫定措置令第927号上、雇用企業は、休暇の取得について、新型コロナウィルスに感染している虞のある集団を優先しなければならないとされています。また、雇用企業は、休暇手当の支払時期について、休暇手当のうち賃金部分については休暇期間開始後最初の月の5営業日目まで、三分の一の追加分についてはクリスマスボーナスの支払期日まで先延ばしすることができることとされました。

 

(3)雇用企業は、48時間の事前通知により集団休暇を取得させることができることになりました。統一労働法上は、15日前とされている事前通知の期間が短縮されることとなったものです。また、集団休暇のために統一労働法上要求されている労働省及び組合に対する通知も不要とされました。

 

(4)雇用企業は、連邦、州、地区及び市の祝日(宗教上の祝日を除きます)を48時間の事前通知により変更できることとなりました。

 

暫定措置令第927号に基づくこれらの暫定ルールは、連邦政府による非常事態宣言と同期間(すなわち2020年12月31日まで)継続します。

3. 契約法

新型コロナウィルスの拡大とこれに伴う会社の事業や財務状態に対する悪影響を踏まえると、契約上の義務を履行することが困難になることも考えられます。この場合、不可抗力等を理由に、債務の履行を免れ、又は債務不履行の責任を回避することの可否を、不履行となる債務の性質、当該義務が発生した時期や背景、債務不履行の原因となる事象とその存続期間、当事者に対する財務的、社会的影響等を踏まえケース・バイ・ケースに検討する必要があります。

 

M&Aにおいては、MAC(Material Adverse Change)条項又はMAE(Material Adverse Effect)条項と呼ばれる、契約締結からクロージングまでの期間に当該取引や当事者等に重大な悪影響を生じる事象が生じた場合について定めた条項の検討が重要となります。M&A取引の最終契約がすでに締結されている案件においては、新型コロナウィルスの拡大が当該契約に定義されているMACないしMAEの定義に該当するか否か、及び該当する場合の効果を検討する必要があります。また、最終契約の交渉中であり締結未了の案件においては、取引実行の確実性の観点、クロージング資金の調達可能性の観点その他の観点から、MAC/MAE条項において新型コロナウィルスの問題をどのように取り扱うかを慎重に評価することが必要です。

 

また、ブラジルにおけるクロスボーダーのM&A取引は外貨建てで行われることも多いことから、新型コロナウィルスの影響による為替リスクをどう評価しどのように手当するかも検討する必要があります。

 

ウィルス疾病による影響の不可抗力該当性については、H1N1型インフルエンザ(2009年に世界保健機関によりパンデミックが宣言されたいわゆる新型インフルエンザ)が世界的に流行した際にブラジルの裁判所においても検討の俎上に上がり、多くの判決が、H1N1型インフルエンザのパンデミックはブラジル法上不可抗力に当たると判断しました。このことから、ブラジル法を準拠法とする契約の効力は、新型コロナウィルスの流行による影響を受ける可能性があると考えられます。

4. 消費者法

ブラジル消費者保護法(1990年法律第8,078号)上、消費者に明確かつ正確な情報を提供することが事業者の法的義務の一つとして定められています。天災地変や不可抗力の事態など法律で定められた免責の余地はあるものの、供給者の消費者に対する責任は原則として厳格責任です。もっとも、供給者が、消費者が取得したサービスや商品を提供できない場合には、損害軽減措置を執ることが重要であり、かかる損害軽減措置の一環として、上記の情報提供義務を適切に履行することが重要です。

 

事業者が商品の販売又はサービスを予定どおり提供できない場合、消費者に対し代金を払い戻すか、又は消費者が希望する場合には、商品の提供又はサービスの日程変更を検討することになると思われますが、いかなる手段を採るかを検討するに当たっては、多くの消費者がどのような解決を希望するかを慎重に分析することが、消費者保護機関や司法手続における紛争を回避するという観点から重要です。

 

また、消費者が解約を申し入れる場合、事業者としては、消費者が解約を申し入れざるを得なかった理由を分析し、解約料を現実に求めるか否かを検討する必要があります。

 

なお、運輸、船舶輸送、オンラインショッピング等一定の分野においては、消費者保護についての特別法が存在することにも留意が必要です。

5. 司法手続に関する留意事項

連邦高等裁判所及び州高等裁判所も、新型コロナウィルスの拡大防止を目的として命令及び予防勧告を発令し始めています。

 

たとえば、サンパウロ州では、州裁判所が、(i)緊急措置、身柄拘束された被告人の事件及び少年事件を除き、すべての手続期限の30日間の停止、(ii)裁判官が緊急ではないと判断した審理の当面30日間の停止、(iii)当事者及び裁判官以外の者の法廷への立入禁止(裁判の公開の例外的措置)、(iv)裁判所スタッフのうち、妊婦、60歳以上の高齢者又は慢性疾患若しくは身体障害を持つ者に対する当面14日間のリモート・ワークの許可等を決定しました。

 

今後、多くの州裁判所が同様の措置を執る可能性が高いと思われます。

 

 

清水 誠
西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士

 

マリアンナ ヴィエイラ バルボサ モルセッリ
西村あさひ法律事務所 フォーリンアトーニー
Pinheiro Neto 法律事務所(サンパウロ) 弁護士

西村あさひ法律事務所
 パートナー弁護士

2003年、東京大学法学部第一類(LL.B.)卒業。2012年、The University of Washington School of Law(LL.M.)卒業。2004年、第一東京弁護士会に登録。2003年~2013年、Paul, Weiss, Rifkind, Wharton & Garrison LLP(ニューヨーク)2013年~2014年、サンパウロのPinheiro Neto法律事務所に出向。2015年~、株式会社ユーグレナ社外取締役に就任。西村あさひ法律事務所の中南米プラクティスグループの中心的メンバーであり、ブラジルを中心とする中南米に進出する数多くの依頼者にアドバイスを提供している。

【主な著作等】『有価証券報告書の記載事例の分析(別冊商事法務No.444)』(共著、商事法務、2019年11月)、『M&A・企業組織再編のスキームと税務〔第4版〕』(共著、大蔵財務協会、2019年3月)、『M&A法大全(上)(下)[全訂版]』(共著、商事法務、2019年1月)、『Shareholder's Rights & Obligations』(共著、Globe Law and Business Ltd 、2017年12月)、『FinTechビジネスと法 25講』(共著、商事法務、2016年7月)、『M&A・企業組織再編のスキームと税務〔第3版〕』(共著、大蔵財務協会、2016年1月)、『企業取引と税務否認の実務』(共著、財団法人大蔵財務協会、2015年2月20日)、『クロスボーダー取引課税のフロンティア』(共著、有斐閣、2014年12月19日)、『M&A・企業組織再編のスキームと税務〔第2版〕』(共著、大蔵財務協会、2013年12月19日)、『知的財産法概説<第5版>』(共著、弘文堂、2013年7月)、『M&A法務の最先端』(共著、商事法務、2010年12月31日)、『知的財産法概説<第4版>』(共著、弘文堂、2010年11月19日)、『知的財産法概説<第3版>』(共著、弘文堂、2008年9月8日)、『企業法務判例ケーススタディ300【企業組織編】』(共著、金融財政事情研究会、2008年1月10日)、『知的財産法概説<第2版>』(共著、弘文堂、2006年5月)

著者紹介

西村あさひ法律事務所 フォーリンアトーニー
Pinheiro Neto 法律事務所(サンパウロ) 弁護士 

2009年、Pontifical Catholic University of São Paulo(LL.B.)卒業。2014年、FGV Law SP-Law School of São Paulo(Real Estate Transactions)卒業。2019年、The University of Chicago Law School(LL.M.)卒業。2010年ブラジル弁護士登録。2007年~、サンパウロのPinheiro Neto 法律事務所に勤務。2019年~、西村あさひ法律事務所に出向。不動産の売買、賃貸借、農業、建設、不動産開発等の不動産関連法務を主に取り扱っている。

著者紹介

連載西村あさひ法律事務所 ニューズレター

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   清水 誠
   マリアンナ ヴィエイラ バルボサ モルセッリ

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