新型コロナ特措法の概要及び製造業における実務対応

本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『企業法務ニューズレター(2020/3/19号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

 

※本記事は、2020年3月18日までに入手した情報に基づいて執筆しております。

 

新型コロナウイルス感染症に関する特別措置法(以下「新型コロナ特措法」。法令名称なく引用する条文番号は新型コロナ特措法を意味します)が、先週13日、国会で成立し、翌14日に施行されました。新型コロナ特措法は、2012年に成立した新型インフルエンザ等対策特別措置法を改正し、新型コロナウイルスを適用対象に追加するものです。安倍首相は同日の記者会見で新型コロナ特措法が万が一の備えのためのものであり、現時点では緊急事態宣言を出す状況にはなく、その判断にあたっては専門家の意見を聞きながら慎重に判断すると述べました。本稿では、新型コロナ特措法の概要を解説すると共に、製造業を念頭に置いて新型コロナ特措法の成立後の企業取引への影響を検討します。

 

新型コロナ特措法の成立後の企業取引への影響は?
新型コロナ特措法の成立後の企業取引への影響は?

1. 新型コロナ特措法の概要

新型コロナ特措法は、①発生前の対策実施に関する計画、②発生時の措置、③緊急事態措置の3つに分かれています。

 

上記①の発生前の計画は、まず政府が作成し、それに基づき都道府県や市町村が作成するものとされています。新型コロナは既に国内の感染が確認されていますが、新型コロナ特措法は、政府等が改正前に作成した新型インフルエンザに関する計画(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/keikaku/pdf/h29_koudou.pdf)について新型コロナも対象とすることとなります(附則1条の2第3項)。

 

上記②の発生時の措置は、政府が、上記①の発生前の計画に基づき、新型コロナへの基本的な処理方針(18条)を定めて、講じるべき措置を国全体に示し、国、地方行政機関や公共機関が整合的な措置を講じられることとされています。具体的な措置には、港や空港において検疫を受ける者の増加や停留施設の不足の際の港や空港周辺の病院や宿泊施設の利用(29条)、発生国からの船舶や航空機の来航の制限(30条)、医療機関に対する新型コロナ患者への医療実施の要請(31条)などが含まれており、新型コロナ特措法の施行前に既に実行されている措置もあります。

 

上記③の緊急事態措置は、以下の二つの要件が満たされるときに、まず、内閣総理大臣が緊急事態を宣言することになります(32条)。

 

(1)国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものの国内での発生

 

(2)全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものの発生

 

上記(1)は、重篤な症例の発生頻度が、毎年流行を繰り返している季節性のインフルエンザよりも相当程度高いことを意味します(新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令6条1項。以下「施行令」といいます)。

 

上記(2)は、感染経路が特定できない場合、又は、確認された患者が多数の人に感染させる可能性のある行動を取っていた場合など感染が拡大していると疑うに足りる正当な理由がある場合が挙げられています(施行令6条2項)。

 

この宣言では、緊急事態措置の期間、区域等を公示することになっています(32条1項各号)。緊急事態宣言で指定された区域にある都道府県知事や市町村長は、必要に応じて個別の緊急事態措置を講じることになります。具体例は以下の通りです。

 

(1)感染防止のための協力要請

 

①外出自粛

 

都道府県知事は、その住民に対して、一定の期間及び区域において、生活の維持に必要な場合を除き、自宅から外出しないことを要請できます(45条1項)。新型コロナ特措法の成立に作成された新型インフルエンザのガイドラインによれば、「生活の維持に必要な場合」とは、医療機関への通院、食料の買い出し、職場への出勤が挙げられています(新型インフルエンザ等及び鳥インフルエンザ等に関する関係省庁対策会議「新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(平成30年6月21日改訂版)74頁)。

 

②多数の者が利用する施設の使用制限

 

都道府県知事は、一定期間、多数の者が利用する施設を管理する者、又は、当該施設を使用しようして催物を開催する者に対して、使用の制限若しくは中止、又は、催物の開催の制限若しくは停止を要請できます(45条2項)。施設管理者等が正当な理由なくこの要請に応じない場合には、特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者に対して、当該要請に係る措置を講じるよう指示できます(45条3項)。

 

外出自主要請や施設の使用制限等の要請及び指示に従わない場合でも、罰則は定められていません。また、これらの措置は、事業活動に内在する社会的制約であるという理由から、公的な補償は設けられていません(第180回国会衆議院内閣委員会会議録第5号(平成24年3月23日中川正春国務大臣答弁)。

 

この要請は、施設の使用制限ではなく、①入場者の整理、②新型コロナの症状を示す者の入場禁止、③手指の消毒設備の設置、④施設の消毒や⑤マスクの着用その他の感染防止に関する措置の入場者に対する周知に留まることもあります(施行令12条)。

 

上記使用制限等の対象になる「多数の者が利用する施設」とは、床面積が1000平方メートル超という限定がある施設と限定がない施設があります(施行令11条)。まず、床面積の限定がある施設は、以下のとおりです。

 

(ア)大学、専修学校(高等過程を置く専修学校を除く)、各種学校その他これらに類似する教育施設

 

(イ)劇場、観劇場、映画館又は演芸場

 

(ウ)集会場又は公会堂

 

(エ)展示場

 

(オ)百貨店、マーケットその他の物品販売業を営む店舗(食品、医薬品、医療機器その他衛生用品、燃料のほか、生活に欠くことのできない物品として厚労大臣が定めるものの売場を除く)

 

(カ)ホテル又は旅館(集会のように供する部分に限る。)

 

(キ)体育館、水泳場、ボーリング場その他これらに類する運動施設又は遊技場

 

(ク)博物館、美術館又は図書館

 

(ケ)キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホールその他これらに類する遊興施設

 

(コ)理髪店、質屋、貸衣装屋その他これらに類するサービス業を営む店舗

 

(サ)自動車教習所、学習塾その他これらに類する学習支援業を営む施設

 

床面積の限定がない施設は、(シ)学校(上記(ア)を除く)、並びに、(ス)保育所、介護老人保健施設その他これらに類する通所又は短期間の入所により利用される福祉サービス又は保健医療サービスを提供する施設(通所又は短期間の入所の用に利用するものに限る)です。

 

施設の使用制限の対象には、駅のターミナル、会社の工場や事務所は含まれていません。スーパーマーケットは、上記(オ)のとおり、対象となりますが、生活に欠くことができない物品(例えば食料品)の売場は使用制限の対象外になります。なお、床面積は、使用制限の対象外である売り場も含めて判定されるとされています(前掲・新型インフルエンザ等対策ガイドライン77頁脚注9)。

 

上記(ア)から(サ)までの施設であって、床面積が1000平方メートル以下のものについても、施設の使用制限等の対象となる可能性はありますが、その対象となる施設は、新型コロナの「発生の状況、動向若しくは原因又は社会状況を踏まえ・・・特に必要なものとして厚生労働大臣が定めて公示するもの」と定められていますので(施行令11条1項14号)、仮に制限等が要請されるとしても、施設の範囲や制限等の態様は限定的となるものと思われます。

 

(2)国民生活及び国民経済の安定に関する措置

 

①物資の売渡要請

 

都道府県知事は、緊急事態措置のために必要な物資であって生産、集荷、販売、配給、保管又は輸送を業とする者が取り扱うもの(以下「特定物資」)の所有者に売り渡しを要請することができます(55条1項)。所有者がその要請に正当な理由がないのに応じないときは、都道府県知事は、特に必要と認めるときに限り、特定物資を収用できます(55条2項)。都道府県知事は、特定物資の生産、集荷、販売、配給保管又は輸送を業とする者に対し、特定物資の保管を命ずることができます(55条3項)。

 

「特定物資」は、医薬品、食品、医療機器、衛生用品、再生医療等製品、燃料、及び、緊急事態措置の実施に必要な物資として内閣総理大臣が公示するものを意味します(施行令14条)。

 

国及び都道府県は、特定物資の収用や保管が行われたときは、当該処分により通常生ずべき損失を補償等しなければなりません(62条1項)。「通常生ずべき損失」とは、社会通念上の一般的な事情の下で生じる損失であり、特別の事情に基づく損失は含まれません(第一法規・法令解説資料総覧372号13頁)。「損失」には、物そのものが滅失毀損することによる損失額、保管のために新たに支出した費用や保管を命じられなければ当然得られたであろう利益が挙げられます(同13頁)。

 

②行政上の権利利益の保全

 

国の行政機関の長は、新型コロナウイルスのまん延の影響を受けた者の行政上の権利利益の満期日を延長し、また、法定の期限までに履行されたなかった義務に係る免責を定めることができます(57条、特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律2条から5条まで及び7条)。延長される期日又は免責される期限は政令で定めることとされています。

 

(3)その他

 

新型コロナ特措法は、上記1.(1)及び(2)の措置以外にも以下の措置を定めています。

 

・都道府県知事は、臨時の医療施設開設に必要な場合には、土地、家屋又は物資の所有者等の同意を得て使用することができ、所有者等が正当な理由がなく同意しないとき、又は、所有者等の所在不明により同意を求めることができないときは、特に必要と認めるときに限り、同意を得ないで土地等を使用できる(49条)

 

・電気、ガス、水道の事業者である地方公共団体及び公共機関は安定的且つ適切に供給するために必要な措置を講じなければならない(53条)

 

・運送、電気通信及び郵便事業者は、旅客及び貨物の運送、通信並びに郵便の確保に必要な措置を講じなければならない(54条)

 

・行政機関及び地方行政機関の長は、生活関連物資等の価格の安定に必要な措置を講じなければならない(59条)

 

・政府関係金融機関は、特別融資、償還期限又は据置期間の延長、利率の低減等の適切な措置を講じるように努める(60条)

2. 製造業関連の取引に与える影響

新型コロナ特措法の施行自体が緊急事態宣言を意味するものではなく、今後緊急事態宣言が出されたとしても、日本における事務所や工場は使用制限の対象とはなりません。しかしながら、製造業を継続する上で不可欠なサプライチェーンは、新型コロナによる国外の工場の一時閉鎖、在宅勤務や出勤停止に伴う労働力の低下、物流システムの混乱等を受けて、既に混乱が生じています。仮に緊急事態宣言により措置が講じられることになれば、外出自粛及び施設使用制限に伴って、物品需要の急増減が予想されます。また、特定物資の収用により、本来他の用途に用いたり、他の需要者に供給されるはずであった物品の不足が生じるなど、サプライチェーンはさらに影響を受けることが予想されます。

 

①自社の債務を履行できない場合

 

自社が取引先に対する契約上の債務を履行できない場合、不可抗力による免責が考えられますが、有効な方法ではないこともあります。商品売買契約には、不可抗力による免責条項が一般条項として定められていることがあります。新型コロナ特措法の施行により不可抗力を主張しやすくなる可能性はありますが、自らに生じた事由のみならず、自らの供給者による供給遅延又は不能が、不可抗力事由に含まれるか否かが明らかではないこともあります。

 

また、新型コロナの影響により契約の履行が不可能となったといえるか判断しづらいこともあります。例えば、同一製品の取引先全てに納期までに引き渡せないないものの、取引先の一部には全てを引き渡すことができる場合が挙げられます。

 

そのような場合には、不可抗力による免責の可能性のみならず、取引先との中長期的な取引関係を今後も維持できるように、取引先に生じる損害を軽減することも検討しておく必要があります。例えば、履行不能や遅滞が見込まれるのであれば、その旨を取引先に早期に予告したり、一部でも履行できる方法を協議するべく、取引先数社と協議することも考えられます。また、やむを得ない場合には、競合他社への製造委託も考えられます。独占禁止法に注意する必要がありますが、公正取引委員会は、期間を限定したり、競合他社への開示情報に留意すべきことを指摘しつつも、独占禁止法上問題のないとされる方法を紹介しており、業界団体や管轄官庁を通じて競合他社への製造を委託する事例も紹介しています(平成24年3月公正取引委員会「震災等緊急時における取組に係る想定事例集」)。

 

②取引先が自社に対する債務を履行できない場合

 

取引先が自社に対する契約上の債務を履行できない場合、契約解除や損害賠償という方法が考えられますが、必ずしも生じた損害全額の賠償が認められるわけではありません。取引先のために調達する予定であった原材料について仕入先に早期に注文をキャンセルしたり、既に製造した余剰商品が汎用品であれば他に転売するなど、損害を軽減することを検討しておく必要があります。仕入先が自社と継続的な取引関係にあり、自社のために特別な投資をしている場合には、仕入先からの損害賠償責任を軽減する上でも、仕入先との関係で損害軽減措置を講じておく事は有益です。

 

また、下請業者に対する注文のキャンセルについては、下請法(受領拒否、不当な給付内容の変更など)についても注意が必要です。

 

③公法上の義務

 

以上のような私法上の留意点に加えて、行政上の許認可の維持など、公的な義務についても留意が必要です。例えば、外為法に基づき輸出入の許可を得ているものの、輸出や輸入の期限がある場合には、新型コロナによる輸出入の遅延に伴う延期申請の必要性を検討する必要があります。緊急事態宣言後は、政令により行政上の期限が自動的に延期される可能性がありますが、現時点でも、各省庁が行政上の手続や許認可に関する期限の延期を認める措置を公表しています。但し、当事者が当初の期限までに当局に延期の申請をしなければならないものがありますので、注意が必要です(例えば、2020年3月5日付経済産業省「新型コロナウイルスの流行に伴う輸出入手続きの緩和等について」)。

 

 

中島 和穂
西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士

ニューヨーク州弁護士

 

西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士
ニューヨーク州弁護士

M&A、国際取引、規制対応、訴訟・紛争を中心とする企業法務全般を支援している。

事業再生局面での官民ファンドによるM&A、証券会社と証券取引所間の巨額の損害賠償紛争、日本で初めての買収防衛策の導入、世界に拠点を有する企業間の統合、地政学的なリスクを抱える中東への進出案件、M&Aの価格調整における巨額の仲裁案件など、様々な論点が複雑に絡む案件の経験が豊富。

近時は、安全保障、技術覇権やテロ対策に関する国際社会の関心の高まりを踏まえて、非米国企業にとっての米国の経済制裁や輸出・再輸出規制、及び、日本の輸出規制やマネーロンダリング規制に関する案件に多数関与している。

東京事務所を活動拠点としている。

【主な論文・書籍・ニューズレター】
「米国輸出規制・経済制裁が日本企業に与える影響」(株式会社アミダスパートナーズWebsite、2019年10月)、「International Comparative Legal Guide to: Sanctions 2020
(Japan Chapter)」(共著、Global Legal Group、2019年10月)、『M&A法大全』(共著、商事法務、2019年1月)、「中東進出の法規制入門~UAE、サウジアラビア、イラン、トルコを中心に~」(当事務所M&Aニューズレター、2018年1月号)、「米国大統領選後のイランビジネス」(当事務所M&Aニューズレター、2017年1月号)、『会社法実務相談』(共著、商事法務、2016年11月)、「米国による対イラン制裁法と日本企業によるイランビジネス」(Website)、「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」(2016年8月)、「少数株式取得における企業結合規制」(当事務所M&Aニューズレター、2016年1月号)、「サウジアラビアにおける合弁事業」(当事務所M&Aニューズレター、2015年1月号)、『条解 独占禁止法』(共著、弘文堂、2014年)、「Chambers Legal Practice Guides - Merger Control 2014(Japan Law & Practice)」(Chambers and Partners、2014年2月)

著者紹介

連載西村あさひ法律事務所 ニューズレター

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○執筆者プロフィールページ
  中島 和穂

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