「銀行」と「生命保険会社」の共通点
金融機関におけるビジネスの基本は安く資金を調達して、それを運用して利ざやを稼ぐことである。銀行はお金を融資するビジネスであり、生命保険会社は保険のサービスを提供しているので、見かけ上はまったく違った事業形態ということになる。
だが、利ざやが利益になっているという点ではまったく同じである。
銀行は預金者から低い金利でお金を集め、その資金を企業に融資したり、国債などに投資している。預金者に支払う金利よりも、貸付けや運用で得られる金利の方が高ければ、銀行はその差分を利益にすることができる。これが銀行の利ざやである。
生保の場合、保険商品を売るということは、固定金利で顧客からお金を借りたことと同じになる。30年満期の生命保険であれば、顧客は、30年間、毎月決まった額のお金を保険会社に振り込んでくれる。
保険会社は過去の統計から人が死亡する確率をしっかり計算している。一般的に人は高齢にならないと死亡する確率は上昇しない。
つまり保険会社は、先に顧客からお金をもらい、将来、その人が死亡したらお金を返せばよいことになる。
死亡した顧客にお金を返すまでの間は、獲得した資金は保険会社が自由に運用してよい。運用で得られた収入が保険会社の利益の一部になる。
2016年の金利急騰は「金融機関」にどう影響したか
では、こうした金融機関にとって金利が変化することはどのような影響があるのだろうか。
日銀は2016年9月、これまでの金融政策の総括を行ったが、8月には総括の影響によって長期金利が上昇するとの観測から金利が急騰する場面があった。
この時の長期金利の動きと銀行株、生命保険株の動きを示したのが[図表]である。
銀行株と生保株については、三菱UFJフィナンシャル・グループと第一生命の株価を用い、2016年7月1日の株価を100とした時の相対値を示している。7月29日から8月2日にかけて金利が急騰すると、両者の株価は上昇した。しかし、その上昇幅は第一生命の方が大きかった。三菱UFJは、その後、株価はむしろ停滞している。
一般的に金利が上昇すると金融株は有利になると言われる。金利が高くなると、イールドカーブの傾きが急になる可能性が高い(関連記事:経済評論家が語る…日銀「マイナス金利政策」の、想定外な事態)。つまり、短期金利と長期金利の差が大きくなってくるので、利ざやも拡大傾向となるからだ。
金利上昇時、「銀行株」と「生保株」が受けた影響は…
しかし銀行と生保とでは、その影響はかなり異なる。
銀行は短期でお金を調達して長期で貸し付けることが多い。普通預金はわずかの金利で顧客からお金を集められる便利な手段だが、顧客はいつ預金を引き出すのか分からない。つまり超短期の負債をたくさん抱えていることと同じになる。
金利が上がれば、最終的にはイールドカーブの傾きが急になるので、利ざやが増え、収益も拡大することになるが短期的には別の影響がある。
預金は日常的にお金の出し入れがあるので、金利が上昇すると、預金者に支払う金利もすぐに上昇する。しかし、企業などへの貸付けは数年間の長期契約なので、すべての融資案件で高い金利を獲得できるようになるまでには数年間という時間が必要となる。
お金を調達する側の金利がすぐに上昇して、貸し付ける側の金利はゆっくり上昇するので、短期的には銀行は苦しい経営を余儀なくされる。
このため、銀行株については、金利上昇に対して素直に株式市場が反応するとは限らない。実際、8月の金利上昇局面では、銀行株はあまり上昇しなかった。
一方、生保は銀行とはまったく逆の状況になっている。
生命保険は基本的に20年から30年という長期契約である。つまりお金を調達する側の金利は長期で固定されている。一方、お金を運用する側は10年物の国債などに投資しているので、調達側よりも早く金利上昇の恩恵を受ける。金利が上がっても、しばらくは安い金利で調達できるにもかかわらず、運用側の金利が上がるので、短期的には生保の経営はラクになる。
このため金利が上昇すると生保株は買われることが多い。今回の金利上昇で生保株が買われた理由はここにある。
デュレーション・ギャップと金利の関係性
この話をもう少し専門的に解説すると、資産サイドと負債サイドにおけるデュレーションの差分ということになる。
デュレーションとは、投資や融資における回収期間のことを指す。お金を提供した側から見れば、回収までの期間のことを指し、お金の提供を受けた側から見ると、お金を返すまでの期間ということになる。
簡単に言ってしまえば、資産サイドのデュレーションは、貸したお金が返ってくるまでの期間、負債サイドのデュレーションは、借りたお金を返すまでの期間である。本来であれば、両方のデュレーションの期間が同じであることがリスク回避という点では望ましい。実際には、ビジネス上の制約や、投資対象などの制限などから、デュレーションにはミスマッチが生じることになり、これをデュレーション・ギャップと呼ぶ。
銀行が保有する資産は短期国債の割合が高く、資産デュレーションは3〜4年程度となっている(地銀はもう少し長い)。しかし、負債については、いつ引き出しがあるか分からない預金であり、1年程度と見るべきである。負債のデュレーションよりも資産のデュレーションの方が長くなっていることが分かる。
一方、生保の場合、超長期の国債を多数保有しており、資産のデュレーションは約12年と銀行より長い。しかし負債サイドのデュレーションは生命保険という商品の性質上、15年程度とさらに長くなっている。したがって生保の場合、負債サイドのデュレーションよりも資産サイドのデュレーションの方が短くなっている。
金利が上がると債券価格が下がるという理屈がある。金利が上昇すると、理屈上、資産として保有している債券の価値が下落するが、値下がり率は短期より長期の方が大きくなる。
金利変動時、動きが逆転する「銀行株」と「生保株」
銀行では、資産サイドのデュレーションが長いので、資産サイドが長期、負債サイドが短期である。このため銀行では、金利が上がると資産サイドの下落幅が大きくなり、理論的には損失が発生することになる。
生保では、資産サイドのデュレーションが短いので、資産サイドが短期、負債サイドが長期ということになる。資産の下落幅より、負債の下落幅が大きいので、負債が軽くなり、時価会計的には純資産が増えることになる。このため生保は金利が上がると経営がラクになる。
こうしたデュレーション・ギャップが存在していることで、同じ金利上昇や金利低下という事態に対して、銀行と生保では株価の動きが逆転する。
あくまでこれは短期的な動きであり、長期的には、金利が上昇すると、金融機関にとっては利ざやの拡大になり株価にはプラスである。したがって、金利上昇が継続すると見込まれるのであれば、銀行株の下落は買いのチャンスかもしれない。
加谷 珪一
経済評論家