高齢者の「家賃滞納」問題。法律に基づき退去させることも可能だが、財産の少ない高齢者への強制執行に、苦しむオーナーも少なくない。そこで本連載では、章(あや)司法書士事務所代表・太田垣章子氏の書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より、高齢者の賃貸トラブルの実例を挙げ、その実態に迫っていく。

「昔はこんなんじゃなかったのよ」怒鳴り散らす74歳

◆高齢者で怖いのは執行不能

 

74歳の山沖政則さんが家賃を滞納し始めたのは、この1年ほどでした。その1年前から払ったり、払わなかったりともたもたしていましたが、それでも督促すれば、何とか支払いは追い付いていたのです。それでもこの1年はまったく支払われず、滞納額は80万円を軽く超えていました。

 

もともと山沖さんはサラリーマンでした。40代でこの物件に転居してからは、ずっと一人での生活です。定年まで勤め上げたので、それなりに年金もあるはずなのに滞納が始まりました。

 

そう言えば、ここ数カ月、山沖さんはとても攻撃的になってきました。滞納の督促をしに行っても、とにかく喚(わめ)き散らします。別に物件の何かに不満を持っているようではありません。ただ怒鳴り、威嚇し、そしてドアも開けてくれません。

 

当たり前の家賃が、払ってもらえない。その上に大きな声を出されるのです。ただでさえ金銭の督促をする方はストレスが溜まるのに、こんな対応をされてしまうと帰り道、ほとほと心は弱ります。やっぱり費用を払ってでも専門家に任せた方がいいのか、家主はそう思い始めました。

 

「払ってもらえないことも辛いのですが、それよりも話ができないことに疲れてしまったんです」

 

相談に来られた家主は、憔悴(しょうすい)しきっていました。裁判をしようとする相手方は、かれこれ30年ほど住んでいる賃借人です。父親の代から借りている山沖さんに、出て行ってもらうというのは辛いことですが、話し合いができない以上仕方ないと決断しました。相談に来るまで、何日も夜も寝られなかったとのことでした。

 

手続きが始まっても、山沖さんは書面も受け取りません。年齢的なこともあり、次の転居先を自力で探せないのではと思い、現地に行ってみました。

 

築40年ほどの4軒長屋の右から2軒目が、山沖さんの住んでいる部屋でした。長屋の前には、それぞれの住民が物干し竿に所狭しと洗濯物を干していますが、山沖さんのところは何もかかっていません。雲ひとつない青空なのにです。これが妙に気にかかり、もしかしたら少し引きこもりがちなのかなと思いました。

 

呼び鈴を鳴らしてみると、通電しているようですが室内から反応はありません。留守かな、そう思っていたら、左隣の住人の女性が出てこられました。

 

「山沖さん、大丈夫なのかねえ。ここのところ洗濯物も干さないし、外に出ている様子もなくて。心配して声掛けたら、怒鳴るんだよね。昔はこんなんじゃなかったのよ。数年前に病気したからかなあ。ここの4軒は、皆仲良くてね。一緒にお酒飲むこともしていたのよ。男の人は、仕事辞めてしまうと、孤立しちゃうのかねえ。私たちがいるのにね」

 

80代と思われる女性は、心配そうに呟いていました。

 

確かに山沖さんは、しばらく部屋の外にも出ていないようです。昔から攻撃的な性格でなかったとするならば、認知症や鬱が山沖さんを変えていっているのかもしれません。

 

とりあえず手紙を引き戸に挟んで帰りましたが、その後も山沖さんからは連絡がありませんでした。

 

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老後に住める家がない!

老後に住める家がない!

太田垣 章子

ポプラ社

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