20万円超の「家賃滞納」で強制執行、父が急死して息子は…

高齢者の「家賃滞納」問題。法律に基づき退去させることも可能だが、財産の少ない高齢者への強制執行に、苦しむオーナーも少なくない。そこで本連載では、章(あや)司法書士事務所代表・太田垣章子氏の書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より、高齢者の賃貸トラブルの実例を挙げ、その実態に迫っていく。

成人した息子との2人暮らし…約8万円の家賃を滞納

◆「賃借人が亡くなりました」

 

69歳のお父さんと、まだ20代の息子さんとの二人住まいでした。もともとは奥さんも含めての三人家族でしたが、離婚して二人での生活になったようです。

 

お父さんの日下博さんは、ご自身で内装業を営んでいます。そのため道具がいっぱい積まれた車のために、駐車場も借りています。20代の徹さんは運転免許を持っていないのでしょうか。車を動かしている姿は、見たことがありません。内装業に興味を持てなかったのか、徹さんは家業を継がず、駅前の飲食店でアルバイトをしていました。

 

博さんは、穏やかで口数は少なく、いつも下を向いて歩いて元気がありません。

 

「なんだか体調が悪くてね」

 

夏の盛りにばったり出会った家主が声をかけると、弱々しい声が返ってきました。

 

自営業は、体調の悪さがすぐに家計に響きます。博さんの家賃の支払いが、少し遅れるようになってきました。払ったり払われなかったり。8万ちょっとの支払いが、分割で払われることもありました。博さんの売り上げと、徹さんの収入を合算すれば、親子二人が払っていけない金額ではありません。

 

家主は何度か督促に行きましたが、いつも二人に会えません。呼び鈴を鳴らしても、反応がないのです。仕方なく督促状をドアに挟みこむのですが、連絡が来ることはありませんでした。

 

秋口になると、博さんの車が動かない日が多くなりました。そして同時に、家賃も全く払われなくなっていったのです。ついに滞納額は20万円を超えるようになりました。博さんは体調を崩して、家で横になっているのでしょうか。車は薄(うっす)ら埃を纏(まと)うようになりました。

 

家主は家賃よりも博さんの体調が気になって、何とか息子の徹さんと連絡をとろうとアルバイト先の飲食店に行ってみました。しかし残念ながら、徹さんはすでに退職済み。どこか別のところで働き始めたのでしょうか。ますますこの親子が気になりますが、連絡が取れないために前に進めない日が続きました。

「今朝だって話していたんです」父の急死に息子は…

それから1カ月も経ったでしょうか。アパートの別の住人から、家主に連絡が入りました。

 

「なんかよく分からないけど、救急車が来ているよ。日下さんのところじゃないかなあ」

 

慌てて家主がアパートに行ってみると、救急車とパトカーが駐車場に停まっています。サイレンこそ鳴っていませんが赤色回転灯がくるくる回り、住民の方も集まって騒然としていました。問題になっているのは、確かに日下さんの部屋のようです。徹さんがドア付近で、茫然と立ちすくんでいました。

 

「ここの家主です。何があったのでしょうか?」

 

近くにいる救急隊員の方に声をかけると、日下さんが心肺停止の状態で見つかったようです。徹さんが朝家を出るときには、言葉を交わした、夕方戻ってきたら息をしていなかった、ということでした。

 

家主は徹さんのところに駆け寄って、声をかけました。

 

「大変だったね。心配していたんだよ。お父さん、ずっと体調崩していたの?」

 

その問いに徹さんは、小さく頷きます。

 

「仕事行かずよく家で寝ていたけど、でも今朝だって話していたんです。まさかこんなことになるとは……。家主さんからの手紙は分かっていたけれど、ちゃんと払える見込みがなかったので……。すみません」

 

徹さんはどうやら飲食店のアルバイトを辞めてからも、定職に就いていないようでした。

 

「これからどうするの? ここの家賃も払えないでしょう? 結構滞納しているよ。安い部屋、探しなよ」

 

家主の言葉に、徹さんは無言でした。

 

心肺停止だった博さんは、病院で死亡が確認されました。いろいろと手続きもあるだろうし、家主はあまり徹さんを追い詰めるのもと思い、しばらくそっとしておくことにしました。

音信不通となって1カ月、部屋のドアは開いていた

1カ月ほど経ったでしょうか。現地に行ってみると、集合ポストはチラシがぱんぱんで、もはや何も入らない状態です。部屋のドアは少し開いています。呼び鈴を押すと、通電しておらず音は鳴りませんでした。

 

「日下さん……」

 

声をかけながらドアをゆっくり開けてみると、室内はゴミの山。この1カ月でこうなったとは、とても思えません。博さんが床に臥(ふ)せっていた頃から、室内は乱雑にゴミが溜まっていたのでしょう。

 

中に徹さんはいないようだったのでドアを閉め、家主は途方に暮れました。ドアに鍵がかかっていないということは、徹さんはどこかに行ってしまったのでしょうか。

 

「私が突き放しすぎたのかもしれません」

 

相談に来られた家主は、ひどく落ち込んでいるご様子でした。お父さんが亡くなって息子さん一人になったので、滞納していることだし転居した方がいいと、親心のつもりが、徹さんを追い詰めたと悔やんでいらっしゃいました。

 

さて、これからどうしましょうか……。

 

家主は「明け渡しの訴訟手続きをお願いします」と小さな声で呟きました。

 

駐車場の車もそのままで、埃と黄砂で黒っぽい車がグレーにも見えるとのことでした。早速住民票を取得してみると、徹さんの住所は異動されず、現地のままです。住民登録を残したまま、どこかに行ってしまったのでしょう。部屋のライフラインは、博さんが亡くなる前にすでに未払いで止められていました。

 

なんだか体調が悪くてね
なんだか体調が悪くてね

父が寝ていた布団の上に「ゴミ袋の塊」があった

それから約3カ月経った頃、徹さんを相手とする明け渡しの判決は言い渡されました。それをもって部屋と車の強制執行です。

 

車はタイヤの空気は少なくなり、何カ月も動いておらず、主を失ってただの箱のように見えます。室内は、家主が以前に見た光景のまま。この間も、徹さんは戻ってきた様子はありません。

 

前回は入り口辺りから室内を眺めただけでしたが、執行で入ってみるとゴミは床から何層にも重ねられていました。そのほとんどはコンビニやスーパーで買ったお弁当や総菜の入っていた容器。それ以外にも洋服も入り乱れ、まともに床が見える部分がありません。博さんが寝ていたであろう布団の上にも、ゴミ袋の塊が何個か転がっていました。

 

博さんは亡くなる前、このゴミをどのような思いで眺めていたのでしょうか。息子の徹さんも、日に日に弱っていくお父さんを前に、少しでも衛生的にとは思わなかったのでしょうか。

 

結局、荷物が完全に撤去されるまで、徹さんとは連絡が取れないままとなりました。

 

家主はここまでの滞納賃料や訴訟にかかる費用、強制執行にかかる費用、その全部を負担することになります。その額は軽く100万円を超えていました。

 

「費用もそうだけど、後味悪いよね。自分が息子さんを追い詰めたとも思っちゃうしね。そして何よりも、中高年になるといつ亡くなってもおかしくないんだなって。貸すことが怖くなるよね。これからはよく考えないと……」

 

そう言う家主は、代々の地主。もちろんこの費用の痛手は大きいでしょうが、まだもともとの資産から支払うことができました。もし投資家系の家主なら、家賃収入から借り入れの返済をしなければならず、これだけの損失は致命傷になるレベル。

 

ひと昔前の「家主は金持ち、賃借人は貧乏」という構図は、あまりに現実とかけ離れています。と同時に、高齢者が部屋を借りやすくするためにも、高齢者とその関係者のマナーも求められると感じます。

 

【第1回】家賃滞納「70万円超」…窃盗を重ねる「独居老人」の行く末

【第2回】「もう部屋には入れないよ」73歳・独居老人に強制執行の末…

【第3回】消えた家賃滞納者…建物取り壊しが決定、独居老人の終着点は

 

 

太田垣 章子

章(あや)司法書士事務所代表/司法書士

 

章(あや)司法書士事務所代表
司法書士 

章(あや)司法書士事務所代表。司法書士。

神戸海星女子学院卒業後、プロ野球のオリックス・ブルーウェーブ球団で広報として3年半勤務したのち、平成13年司法書士試験に合格。
平成14年から家主側の訴訟代理人として、延べ2300件以上の悪質賃借人追い出しの訴訟手続きを受託してきた、賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。トラブル解決の際は、常に現場へ足を運び、訴訟と並行して悪質賃借人と向き合ってきた。その徹底した現場主義から、多くの大家さんの信頼を得る。

また、「全国賃貸住宅新聞」には12年間連載をし、現在は健美家をはじめ、月3本の連載を抱える。他にも三井不動産をはじめ、各ハウスメーカーが発行する大家さん向け会報誌に、相続問題や賃貸トラブルの解決・予防に関する記事を年間20本以上寄稿。

さらに、年間60回以上、計600回以上にわたって、5万人以上の大家さんおよび不動産管理会社の方向けに「賃貸トラブル対策」に関する講演も行なう。現場を知り尽くす司法書士ならではの臨場感のある事例と実践的なノウハウを公開する講演は、受講者の心をつかみ、常に満席、立ち見が出るほどの人気がある。

【章(あや)司法書士事務所】http://www.ohtagaki.jp/
【あやちゃん先生のひとり言】https://ameblo.jp/ohtagaki/

著者紹介

連載老後に住める家がない!明日は我が身の「漂流老人」問題

老後に住める家がない!

老後に住める家がない!

太田垣 章子

ポプラ社

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