音信不通となって1カ月、部屋のドアは開いていた
1カ月ほど経ったでしょうか。現地に行ってみると、集合ポストはチラシがぱんぱんで、もはや何も入らない状態です。部屋のドアは少し開いています。呼び鈴を押すと、通電しておらず音は鳴りませんでした。
「日下さん……」
声をかけながらドアをゆっくり開けてみると、室内はゴミの山。この1カ月でこうなったとは、とても思えません。博さんが床に臥(ふ)せっていた頃から、室内は乱雑にゴミが溜まっていたのでしょう。
中に徹さんはいないようだったのでドアを閉め、家主は途方に暮れました。ドアに鍵がかかっていないということは、徹さんはどこかに行ってしまったのでしょうか。
「私が突き放しすぎたのかもしれません」
相談に来られた家主は、ひどく落ち込んでいるご様子でした。お父さんが亡くなって息子さん一人になったので、滞納していることだし転居した方がいいと、親心のつもりが、徹さんを追い詰めたと悔やんでいらっしゃいました。
さて、これからどうしましょうか……。
家主は「明け渡しの訴訟手続きをお願いします」と小さな声で呟きました。
駐車場の車もそのままで、埃と黄砂で黒っぽい車がグレーにも見えるとのことでした。早速住民票を取得してみると、徹さんの住所は異動されず、現地のままです。住民登録を残したまま、どこかに行ってしまったのでしょう。部屋のライフラインは、博さんが亡くなる前にすでに未払いで止められていました。
父が寝ていた布団の上に「ゴミ袋の塊」があった
それから約3カ月経った頃、徹さんを相手とする明け渡しの判決は言い渡されました。それをもって部屋と車の強制執行です。
車はタイヤの空気は少なくなり、何カ月も動いておらず、主を失ってただの箱のように見えます。室内は、家主が以前に見た光景のまま。この間も、徹さんは戻ってきた様子はありません。
前回は入り口辺りから室内を眺めただけでしたが、執行で入ってみるとゴミは床から何層にも重ねられていました。そのほとんどはコンビニやスーパーで買ったお弁当や総菜の入っていた容器。それ以外にも洋服も入り乱れ、まともに床が見える部分がありません。博さんが寝ていたであろう布団の上にも、ゴミ袋の塊が何個か転がっていました。
博さんは亡くなる前、このゴミをどのような思いで眺めていたのでしょうか。息子の徹さんも、日に日に弱っていくお父さんを前に、少しでも衛生的にとは思わなかったのでしょうか。
結局、荷物が完全に撤去されるまで、徹さんとは連絡が取れないままとなりました。
家主はここまでの滞納賃料や訴訟にかかる費用、強制執行にかかる費用、その全部を負担することになります。その額は軽く100万円を超えていました。
「費用もそうだけど、後味悪いよね。自分が息子さんを追い詰めたとも思っちゃうしね。そして何よりも、中高年になるといつ亡くなってもおかしくないんだなって。貸すことが怖くなるよね。これからはよく考えないと……」
そう言う家主は、代々の地主。もちろんこの費用の痛手は大きいでしょうが、まだもともとの資産から支払うことができました。もし投資家系の家主なら、家賃収入から借り入れの返済をしなければならず、これだけの損失は致命傷になるレベル。
ひと昔前の「家主は金持ち、賃借人は貧乏」という構図は、あまりに現実とかけ離れています。と同時に、高齢者が部屋を借りやすくするためにも、高齢者とその関係者のマナーも求められると感じます。
【第1回】家賃滞納「70万円超」…窃盗を重ねる「独居老人」の行く末
【第2回】「もう部屋には入れないよ」73歳・独居老人に強制執行の末…
【第3回】消えた家賃滞納者…建物取り壊しが決定、独居老人の終着点は
太田垣 章子
章(あや)司法書士事務所代表/司法書士