高齢者の「家賃滞納」問題。法律に基づき退去させることも可能だが、財産の少ない高齢者への強制執行に、苦しむオーナーも少なくない。そこで本連載では、章(あや)司法書士事務所代表・太田垣章子氏の書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より、高齢者の賃貸トラブルの実例を挙げ、その実態に迫っていく。
指でポストを押してみると、室内が僅かに見えた
◆退去手続きしないまま姿を消した高齢者
「建物が古いから取り壊して新しく建てたいけれど、行方不明の入居者がいて困っています。助けてください」
川崎市の家主から声をかけられたのは、春先でした。物件も見ておきたかったので、家主の事業所に出向きました。
隣接していたのが、今回取り壊す予定だという木造アパート。2階建てですが、さすがに古さが目立ちます。赤茶けたトタン板のような壁は、ところどころ劣化で穴まで開いていました。計8戸のアパートに、現在はたった2組の高齢者しか住んでいない状況でした。
「井上さんを見かけないけど、引っ越したの?」
家主はアパートの1階に住む村山雄一さん(71歳)から言われて初めて、井上さんが長い間戻ってきていないことに気が付いたのです。
まさか室内で何かあった?
一瞬家主と村山さんの脳裏をかすめましたが、臭いも何もなかったのでおそらくいなくなってしまったんだろうという結論に至りました。
退去手続きしないままどこかに行ってしまった井上さんは、普段から年に数カ月単位で遠方の工事現場で働く生活をしていたので、家主も気が付かなかったとのこと。そう言えば、見かけなくなったのはこの1年。同時に家賃もこの1年ほど入っていませんでした。
次ページは:「声かけてくれないなんて水臭いなぁって思っていたんだよね」
OAG司法書士法人代表 司法書士
株式会社OAGライフサポート 代表取締役
30歳で、専業主婦から乳飲み子を抱えて離婚。シングルマザーとして6年にわたる極貧生活を経て、働きながら司法書士試験に合格。
登記以外に家主側の訴訟代理人として、延べ2500件以上の家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。
トラブル解決の際は、常に現場へ足を運び、訴訟と並行して賃借人に寄り添ってきた。決して力で解決しようとせず滞納者の人生の仕切り直しをサポートするなど、多くの家主の信頼を得るだけでなく滞納者からも慕われる異色の司法書士でもある。
また、12年間「全国賃貸住宅新聞」に連載を持ち、特に「司法書士太田垣章子のチンタイ事件簿」は7年以上にわたって人気のコラムとなった。現在は「健美家」で連載中。
2021年よりYahoo!ニュースのオーサーとして寄稿。さらに、年間60回以上、計700回以上にわたって、家主および不動産管理会社向けに「賃貸トラブル対策」に関する講演も行う。貧困に苦しむ人を含め弱者に対して向ける目は、限りなく優しい。著書に『2000人の大家さんを救った司法書士が教える 賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド』(日本実業出版社)、『家賃滞納という貧困』『老後に住める家がない!』(どちらもポプラ新書)がある。
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連載老後に住める家がない!明日は我が身の「漂流老人」問題