国は「高齢者の資産がより早く次世代に移転されれば、資産は有効活用され経済活性化に繋がる」として、生前贈与を推奨しています。しかし「贈与税は高い」「贈与税を払うなんてもったいない」などという思いから、なかなか生前贈与が浸透していません。本記事では、生前贈与で贈与税を払うのと、相続を受けて相続税を払うのと、どちらが有利かを検証していきます。※本連載では、円満相続税理士法人の橘慶太税理士が、専門語ばかりで難解な相続を、図表や動画を用いてわかりやすく解説していきます。

生前贈与は「財産を小分けに渡す」ことが前提

贈与税を払うなんてもったいないと思っていませんか? 贈与税は高い税金だと思っていませんか? 実は、全然違います。贈与税は、とってもお得な税金なのです。

 

相続税も贈与税も、財産を渡した時にかかる税金です。相続税は亡くなってしまった時、贈与税は生前中に財産を渡した時にかかります。それでは、相続税と贈与税はどちらを払ったほうが得をするでしょうか? 結論からいうと、(金額にもよりますが)贈与税を払ったほうが得をする可能性が高いのです。本記事では、このメカニズムを解説していきましょう。

 

まず、贈与税の話をする前に、相続税の計算方法を見ていきましょう。相続税はどのように計算するかというと、初めに、亡くなった人の財産の評価額を計算します。評価額の計算が終わったら、基礎控除という金額を財産の合計額から引きます。基礎控除を引いても余ってしまう部分に対して相続税の税率をかけて、相続税を計算していくことになります。裏を返すと、財産がすべて基礎控除以下になる人には、相続税はかからないということになります。

 

※基礎控除の金額は、3000万円+法定相続人の数×600万円という計算式で計算します[図表1]。相続人が3人であれば、4800万円ということになります。

 

[図表1]相続税と基礎控除
[図表1]相続税と基礎控除

 

それでは、具体的に相続税はどのくらいの税率で課税されるかというと、次のとおりです[図表2]。

 

[図表2]課税対象額別相続税率
[図表2]課税対象額別相続税率

 

イメージでいうと、下記のような感じです[図表3]。

[図表3]相続税課税のイメージ
[図表3]相続税課税のイメージ

 

相続税は、基礎控除を超えた部分に最低10%~最高55%の税率で課税されます。亡くなった人の財産の大きさによって、だんだん税率が高くなっていく累進課税とよばれる構造になっています。

 

それでは贈与税の税率を見ていきましょう。まず、贈与税は年間110万円までは非課税です。1年間に110万円を超える財産をもらった人は、110万円を超える部分に贈与税がかかります。では、110万円を超えた部分に、どれくらいの贈与税率がかかるかというと、次のとおりです[図表4]。

 

[図表4]贈与税の税率
[図表4]贈与税の税率

 

先ほどの相続税の税率と比べると、以下のとおりになります[図表5]。

 

[図表5]相続税と贈与税の税率の比較してみると
[図表5]相続税と贈与税の税率の比較してみると

 

このように比べると、「どちらの税率が高いかな」と、単純に比べてしまう人も多いかもしれませんが、ちょっと待ってください。この相続税の税率表と、贈与税の税率表を比べることは、実は、とってもナンセンスなのです。相続税と贈与税は、財産を渡すときにかかる税金という性質は同じですが、前提となる考え方がまったく違うのです。

 

相続税は、財産の持ち主が亡くなってしまったことにより、相続人に全財産を一度に渡す際にかかる税金です。一方で、贈与税は生前中に財産を渡す際にかかる税金ですが、生前中に全財産を一度に贈与してしまうなんてことはありえるでしょうか?

 

まったくいないとはいえませんが、ほとんどあり得ませんよね。もし、生前中に全財産を一度に贈与するという前提であれば、先ほどの相続税の税率表と贈与税の税率表を比べればわかるように、贈与税のほうが圧倒的に高くなります。

 

また、相続について考えてみても、財産をちょっとずつ相続させる、ということはできませんよね。天国に財産は持っていけませんから、相続の時は、全財産を一度に渡す以外ありえません。

 

このように、相続税は一度に全財産を渡すことが前提となっていますが、生前贈与は財産を小分けにして渡していくことが前提になっています。そのことから、この2つの税率表を単純に比べるというのは、前提が大きく違っているので、ナンセンスな議論なのです。

「110万円/年の贈与」は、本当に有利なのか?

先ほどお伝えしたとおり、相続の場合には全財産を一度に渡すことになりますが、生前贈与の場合には、ちょっとずつ小分けにして財産を渡すことができます。年数によって小分けにすることができますし、贈与する相手の人数によっても小分けにすることもできます。

 

そのことから、相続税が有利なのか贈与税が有利なのかの議論は、小分けされた贈与額と、その金額ごとにかかる贈与税の負担率を比較することによって、初めて真の答えが導かれます。

 

たとえば、110万円を超えた200円万の贈与をした場合の贈与税はいくらになるかというと、9万円です。200万円に対して9万円というのは、負担率は4.5%です。

 

それでは、300万円贈与した場合の贈与税はいくらかというと、答えは19万円です。300万に対して19万円というのは、6.3%の負担率です。

 

それでは、500万円贈与した場合はどうかというと、答えは48万5千円です。負担率は9.7%。超大型の1000万円の贈与の場合はどうかというと、贈与税は177万円です。負担率は17.7%。

 

いかがでしょうか? 先ほどの相続税の税率と比べると、小分けされた金額にかかる贈与税はそこまで高くないことがわかります。500万円までの贈与であれば、相続税の最低税率10%を下回ります。ちょっとややこしくなるのですが、贈与税は、20歳以上の子どもか孫に贈与する場合の税率は優遇されています。しかし、年間410万円までの贈与であれば同じ税率になるので、410万円以内の贈与を検討しているのであれば、気にしなくてOKです。贈与税の負担率を一覧にすると次のとおりです[図表6][図表7]。

 

[図表6]20歳以上の子どもか孫に贈与した場合の贈与税
[図表6]20歳以上の子どもか孫に贈与した場合の贈与税

 

[図表7]図表6以外の場合の贈与税
[図表7]図表6以外の場合の贈与税

 

よく「相続税と贈与税は結局どちらがお得なのですか?」と質問されますが、答えは税率が低い順に次のとおりです。

 

1番にお得なのは、「少額の贈与をした時の贈与税」、2番にお得なのは「相続税」、3番にお得なのは、「高額の贈与をした時の贈与税」。相続税の税率がどのくらいになるかは、その人が持っている財産額で決まるため、一概にはいえません。しかし、財産が相続税の基礎控除を超えてくる人は、少なくとも、基礎控除を超えた部分に10%以上の相続税が課税されてしまいます。それであれば、相続税より低くなる贈与税をたくさん支払っておいたほうが得になる、という理屈です。

 

「贈与税はお得な税金? そんな話、信じられない」と思っている方のために、実際に実験してみましょう。論より証拠です。たとえば、財産を1億円持っている人がいたとします。その人に相続が起きた場合には、相続税は次のように計算されます[図表8]。※相続人は1人と仮定します。

[図表8]1億円の財産に相続税がかかったら
[図表8]1億円の財産に相続税がかかったら

 

この人が亡くなってしまった時の相続税は1220万円です。相続税の最も高い税率は30%になります。それでは、この人がもし、生前中に100万円の贈与をしていたとします。この場合、贈与税はいくらかかるかというと、もちろん0円です。110万円までは非課税ですので、贈与税はかかりません。

 

そして、生前贈与をしたことによって、この人の財産は100万円減りました。もともと1億円持っていた人なので、100万円の贈与をしたあとに亡くなった場合には、9900万円の財産に対して相続税が課税されます。この場合の相続税はいくらになるかというと、1190万円になります。先ほどの1億円に対してかかる相続税1220万円から30万円減りました。

 

ここが、ポイントになる考え方なのですが、生前贈与をすることによって、将来、課税される相続税の、税率が最も高い部分が減るのです。この人の場合には、相続税の税率が最も高い部分は30%でしたね。つまり、30%もの相続税が課税される部分が、生前贈与をしたことによって100万円分減ったのです。結果として、相続税は1220万円から1190万円と30万円減少したのです[図表9]。

 

このように、将来的に減少する相続税は、次の算式で計算することができます。

 

贈与した金額×その人にかかる最も高い相続税率=減少する相続税

 

少しややこしくなってしまいますので、大雑把にいうと、「贈与をすると財産が減るので、将来亡くなった時にかかる相続税が減るよ」ということです。

 

100万円の生前贈与をしたことによって、将来の相続税が30万円減りました。一方で、支払った贈与税は0円です。したがって、100万円の贈与をすることによって、得をした金額は30万円ということになります。生前贈与ってお得ですね。

 

[図表9]贈与することで減少する相続税
[図表9]贈与することで減少する相続税

 

では、続いて、この人が200万円の生前贈与をした場合を考えてみましょう。まず、200万円の贈与した場合にかかる贈与税は9万円です。もともと1億円持っている人が、200万円の生前贈与をしたことによって、この人の財産は9800万円になりました。9800万円持っている人が亡くなった場合にかかる相続税は、1160万円です。1億円に対してかかる相続税は1220万円だったので、60万円の相続税が減少したことになります。

 

贈与した金額200万円×その人の最高税率30%=減少する相続税60万円というわけです。贈与税は9万円払わなければいけませんが、結果として、将来の相続税が60万円安くなったのです。したがって、200万円の贈与をすることによって、得をした金額は51万円ということになります[図表10]。

 

[図表10]200万円を贈与した場合の相続税は?
[図表10]200万円を贈与した場合の相続税は?

 

100万円の贈与をした時に得した金額は30万円でした。この時点で、200万円の贈与をしたほうが、100万円の贈与をしたときよりも、21万円も得をしていることになります。

 

続けて、300万円の贈与した場合を考えてみましょう。300万円の贈与をした場合にかかる贈与税は19万円です。300万円を贈与することによって、減少する相続税は90万円(300万円×30%)です。したがって、300万円の贈与をすることによって得をする金額は71万円です。

 

500万円の贈与をした場合にかかる贈与税は48.5万円です。500万円を贈与することによって、減少する相続税は150万円(500万円×30%)です。したがって、500万円の贈与をすることによって得をする金額は101.5万円です。

 

1000万円の贈与をした場合にかかる贈与税は177万円です。1000万円の贈与をすることによって、減少する相続税は300万円(1000万円×30%)です。したがって、1000万円の贈与をすることによって得をする金額は123万円です。

 

いかがでしょうか? このように比べてみると、110万円の贈与しかしていないのは、せっかくお得になるチャンスがたくさんあるのに、みすみす逃しているようなものです。

なぜ世間では「贈与税は高い」といわれているのか?

一般的には、贈与税はとても高い税金だといわれています。そのため、贈与税を支払うことに強い抵抗感を示される人が非常に多いのです。実際はとてもお得な税金なのに、なぜこのようなことがいわれてしまうのでしょうか? 実は、その理由は相続税にあるのです。相続税は、亡くなった人の遺産額が、基礎控除を超えた人にだけかかる税金です。

 

ここで皆さんにちょっとしたクイズを出します。世の中で、人が100人亡くなった時、遺産額が基礎控除を超えて、相続税が課税される人は何人いると思いますか?

 

答えはたったの8人です! 税制改正で基礎控除が大幅に引き下げられましたが、まだまだ一部の富裕層にかかる税金という位置づけは変わっていないのです。相続税は100人中8人にしか課税されないということは、100人中92人に相続税は課税されていないということになります。

 

相続税のかからない人からすると、自分が死んでしまうまでずっと財産を自分の手元においておけば、1円も税金を払わずに、財産を相続させることができるのです。それであれば、生前中に110万円を超える贈与をして贈与税を払うというのは、非常にもったいない行為です。贈与税はものすごく割高な税金になるのです。このことから、日本に住む100人中92人にとって、贈与税はものすごく高い税金であり、一般的に贈与税は高いというのは正しいことなのです。

 

しかし、相続税のかかる人たちにとっては、この常識は逆転します。相続税に比べれば、贈与税はとてもお得な税金になるのです。将来的に相続税が発生するかどうかで、取るべき行動は180度変わってくるのですね。

 

 まとめ 

消費税が増税される直前、世の中ではどういったことが起こるでしょうか? 駆け込み需要が起こりますよね。「買えるものは今のうちに買っておこう」となります。あのような行動をとるのは一体なぜでしょうか? それは「いずれ高い税率で税金を払わなくちゃいけないのなら、税率が低いうちにたくさん税金払い終えたほう得だ!」ということで、駆け込み需要が起こります。

 

今回紹介した、「相続税より贈与税のほうが低い、たくさん贈与税払ってでも財産を移転させたほうがお得」という考え方は、消費税の駆け込み需要の考え方と本質的に同じです。

 

肉を切らせて骨を断つ。贈与税を払って相続税減らす。

 

資金に余裕のある人は110万円の贈与にこだわる必要はなく、最適な贈与金額で贈与していったほうが結果として大きな節税となるのです。

 

 

橘慶太

円満相続税理士法人

 

 

【動画/筆者が「最適な生前贈与額の計算」を分かりやすく解説】

 

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